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第27話
それから約半年、黒兎は雅樹の言葉に甘えて、彼の自宅で静養を続け、彼のツテで紹介された病院に通院していた。
その間、雅樹のサポートは完璧だった。家事などは業者に頼ってはいたけれど、通院には必ず同行してくれたし、生活する上で嫌だと思うことはほとんどなかった。
ようやくベッドから降りられるようになった黒兎は、散歩と称して家の中を歩く。
精神の健康には、食事、運動、睡眠が大事だと主治医に言われて、まだ外は怖いため広い家を散策した。そしてリビングの窓際で日向ぼっこをして、疲れたらベッドに戻る。毎日その繰り返しだ。
黒兎は窓の外を眺める。季節は厳しい冬が来ていた。窓から見える草木は、夏と比べてくすんだ色が多く、季節によって見える色が違うのは、やっぱり面白いな、とぼんやり思う。
先日、どの季節が好き? と問われて答えようとした。けれど内田の姿がチラつき言えなかったのだ。どうやら、内田に結びつくワードもダメらしく、肩を落とした黒兎を雅樹は優しく宥めた。
もう、自分を追い込み責めるのは止めよう、と通院する中でそう思えるようになってきたのに、やはり思い通りにいかない身体がもどかしい。
「冬が、好きだよ……」
ポツリと呟く。一人なら言える──雅樹相手じゃなければ、好きというワードも使える。
それなら、と黒兎は口を開いた。
「俺は、雅樹が……」
『俺がこんなに想ってるのに!』
「……っ」
やはり内田の声が聞こえる。震えそうになる身体を両腕で抱きしめて、小さく縮こまった。
これは、幻聴だ。そう言い聞かせて息をゆっくり吐き、大丈夫、俺のせいじゃない、と呟く。
最近は、夢と現実、幻聴の区別がつくようになってきた。回復してる。大丈夫、ともう一度呟く。
「雅樹……」
本人の前では決して言わない呼称を、窓の外へ向かって呟いた。
この幻聴と悪夢を克服したら、今度こそ告白しよう。ずっと言いたくて言えなかった、彼への想いを。
そのために自分はいま、治療に専念する。それが自分の望みであり、雅樹の望みでもある。
そしてこれまで支えてくれた分、彼を支えてあげたい。そうすることで生じる問題は、彼と一緒に考えればいい。
広いこの家で、雅樹と一緒に過ごす時間が、黒兎の中で、もうなくてはならない存在にまで大きくなっている。これを手放すことなんてできない。
黒兎は苦笑した。やっぱり、近付けば欲が出るものだな、と。けれど、悪い気はしないのは、自分の気持ちを受け入れることができたからだと思う。
雅樹は今頃、仕事だな、と空を見上げた。
早く会いたい。早く帰ってきて、と黒兎はソファーに横になり、眠りに落ちた。
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