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第38話 壊すなら、貴方の手で1

 薄暗い照明の部屋、ベッドのスプリングがギシ、と鳴る。その音に合わせて、男の高く、くぐもった声が上がった。聞こえるのは二人の荒い呼吸。それも時折口を塞がれたように、吐息が飲み込まれる音がする。 「ん……っ、まさ……雅樹(まさき)、雅樹……っ」  黒兎(くろと)は上にいる雅樹を、滲んだ視界で見上げた。 「どうしたんだい黒兎? もう音を上げるのかい?」  雅樹はそう言って、深く差し込んだままの怒張を動かし突き上げる。途端に黒兎は背中を反らせ、身体を(よじ)り、枕を両手でちぎれんばかりに引っ張った。  黒兎の下腹部は、汗なのか体液なのか分からない液体でドロドロに濡れていて、はあはあと呼吸が戻ってきた黒兎は今度こそ目尻から涙を零す。 「も……っ、むり、だから……っ!」  黒兎は力が入らない両腕を伸ばして、雅樹の頬に触れた。  雅樹はいつも、少し茶色がかった髪を綺麗に撫で付けているけれど、今は乱れている。けれどそれが、とてつもなく色っぽい。シンメトリーの綺麗な顔が、口の端を上げて黒兎を見つめていた。その顔がそっと近付く。  優しく唇をその形のいい唇で塞がれ、黒兎はあふ、と背筋に通った甘い痺れに喘いだ。 「さっき、から……むりだって、……ってんのに……っ」  どうして、と黒兎が問えば、雅樹は軽く黒兎を数回揺さぶる。そしてそのあとはぴたりと止まる。決定的な刺激が得られないまま、黒兎は何度もイカされた。  雅樹とのセックスはとても緩やかで、黒兎が悶えて泣くまで先に進まない。ほんの少しの刺激で絶頂する程までに敏感になっているのに、雅樹はそれでも「まだまだ」と嬉しそうに笑うのだ。 「まだ耐えられるでしょう? 後ろでイクのが止まらなくなるまで、待っててあげるから」 「や……っ、……っだ、やだ……っ!」  そう言った瞬間、黒兎の後ろが勝手にうねり、下半身から脳天へ突き抜けるような快感が彼を襲った。太ももがガクガクと震え、呼吸さえままならず、全身に力が入って、思わず雅樹の両肩に爪を立てる。  心臓の音がバクバクとうるさい。戻ってきた視界で恋人を捉えると、彼は微笑みながらも、獰猛な加虐心を湛えた瞳でこちらを見ていた。 「あ……」  黒兎の肩がぶるりと震える。それが期待なのか、恐怖なのか、黒兎には分からなかった。雅樹の目から視線を逸らせないでいると、やっとその目で見てくれたね、と雅樹は額にキスをくれる。彼が動いたことで、奥まで入っていた熱がさらに押し込まれることになり、黒兎は小さく悲鳴を上げた。 「お……おく、だめ……っ」 「どうして? 良いでしょう、ここが」  ギシギシと、ベッドが軋む音が鳴り出す。雅樹はほとんど肉棒を抜かず、最奥に入れたまま軽く揺さぶり、黒兎の涙腺を崩壊させる。  自分でもどうしてここで涙が溢れるんだ、と思った。けれど自分では止められず、さらに腰の奥がじん、と熱くなる。覚えのある感覚にいや、いや、と高く掠れた声を上げると、黒兎の性器から水分が押し出されるようにして出てきてしまった。 「──っあ! また出ちゃ……っ」  漏らすような感覚に、羞恥心で更に泣く。けれど雅樹はそんな黒兎を見て喜び、本格的に動き出した。 「黒兎の顔が、涙と汗とよだれでぐしゃぐしゃになるの、好きなんだ」  ほら、もっと奥を突いてあげるからと、言葉通りに突き上げられ、黒兎は言葉もなく絶頂する。すると足腰の震えが止まらなくなり、程なくしてまた全身が痙攣し、意識が飛んだ。  身を捩るほどの絶頂が続き、黒兎は頭を振って歯を食いしばった。その合間に見た雅樹の目がすうっと細められて、その表情に黒兎はぞくりとする。  この顔を見られるのは、俺だけだ──。  そう思うと黒兎の喘ぎ声が一層甘くなった。高校生だった時から長年憧れていた雅樹。その彼が今この瞬間、自分だけを見ている。その事実に多幸感で胸がいっぱいになり、両手両足で雅樹に力一杯しがみついた。 「黒兎、それじゃあ動けない」  雅樹がクスクスと笑う声がする。それでも黒兎は軽く身体を痙攣させながら、ぎゅうぎゅうと抱きついていると、彼は動きを止めて黒兎の頭を優しく撫でてくれた。 「ほら、何をして欲しいのか言ってごらん? 私は何でも聞いてあげるから」  雅樹の望む姿が見られたからだろう、彼は上機嫌にそう言うと、またゆさゆさと軽く揺さぶるだけの動きをする。 「んっ……んんんんーっ!」  黒兎は声を上げて、また体内でうねり爆発する快感に耐えた。疲れてぐったりすると、雅樹は、黒兎の力が抜けた手を取り、身体を起こす。 「──ッア……ッ! 」  両手首を雅樹のしっかりした手で拘束され、黒兎は背中を反らした。ビクンビクンと身体が跳ねれば、黒兎の雄から精液がビュルビュルと出てくる。 (苦しい……でも、気持ちいい……!)  呼吸もままならない程の快感と絶頂。それが雅樹から与えられる悦び。そしてどんなに乱れた姿を見せても、雅樹はこの手を絶対に離さない。それがどんなに幸せか、黒兎は泣きながら噛み締める。  揺さぶり続けている雅樹の顔が顰められた。もうすぐ達するのだろうと思うと、胸と後ろがきゅん、とする。それを察した雅樹が、口の端を上げた。 「本当に黒兎は……私の顔が好きだね」 「そんっ、そんなこと、ないっ……! ああっ! 深……っ!」  比喩じゃなく本当に、目の前に星が飛ぶ。もう、いっその事壊してくれ、雅樹になら本望だ。なんてことを思いながら、黒兎は自由にならない身体を捩ると、雅樹の熱い情熱が体内で弾けるのが分かった。 「……っ」  グッと眉間に皺を寄せて、耐える雅樹は本当に色っぽい。そして、おそらく鍛えているだろう胸や腹筋が、大きな呼吸と共に上下するのを見て、またゾクリと震えた。 「……ああ、黒兎……」  優しいキスが振ってくる。二人の関係が落ち着くところに落ち着いて約二ヶ月、こうして時々互いの情熱をぶつけながら、平和な日々を送っていた。 「身体は大丈夫?」 「うん。……ふふっ」  黒兎のサラサラの黒髪を梳きながら、問う雅樹に思わず笑う。 「本気で泣かせるまでやるのに、そういうこと聞くの?」 「……ああいや、つい……熱が入ってしまって」  雅樹が情事の時にSっ気が出るのは毎回のこと。そして、達して冷静になってこちらを|労《いた》わってくるのも、いつものことだ。どちらも黒兎を愛するがゆえと感じているから、黒兎は雅樹を(ゆる)す。  その行動の奥に、彼は家族への、ぶつけようもない怒りがあることを知っているから。  だから黒兎は、自分だけは彼の味方でいよう、と心に決めた。 「……シャワーでも浴びるかい?」 「……うん」  微笑んで頷くと、まだ萎えていない雅樹が出ていく。それが少し寂しいな、なんて思いながら、優しく手を引かれて起き上がった。

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