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第42話 壊すなら、貴方の手で5(R18)

 その日の夜、日付が変わろうとしている頃に雅樹は家に来た。しかも雅樹はまだスーツのままで、こんな時間まで仕事だったのかと問う間もなく玄関の壁に押し付けられ、呼吸を奪われる。  まさか昨日の今日で、またことに及ぶとは思わず、黒兎は話をしようと雅樹の胸を押すけれど、ビクともしない。 「……っ、まさ……っ、んんっ」  どうしよう、雅樹は本気で怒っている。そう感じて黒兎はグッと胸が詰まり、じんと目頭が熱くなった。それでも彼は性急で強引な口付けを止めず、更に黒兎の股間に手を伸ばす。 「……っあ!」  しかもいつもなら焦れったいくらい優しく触るのに、今は早くイケとばかりに布越しに扱いてきた。 「や、……嫌だ、雅樹っ!」  嫌だ、どうして、と訴えるけれど、その瞬間首筋に痛みが走って顔を顰める。そして制止の声が届かないことと、どうしてそんなに怒っているのか聞けない戸惑いに、涙腺が崩壊した。 「いたい……、いた……っ、雅樹……何で……っ?」  それでも下半身への刺激は止まらず、やがてやってきたうねるような快感に、黒兎は戸惑い、下着を汚すから嫌だと訴える。しかしそれも虚しく、黒兎は呆気なく果ててしまった。 「痛くしても、きみはイケるんだね」 「……っ」  びくり、と黒兎の肩が震える。 「本当は、誰に襲われてもこうなるんじゃないのか?」 「違う……違うっ」  どうしてそんな酷いことを、と黒兎はぐす、と袖で涙を拭った。 「その涙で男を誘っているんだろう?」 「そんな、こと……っ」  いつもの雅樹らしくない言動に、黒兎は涙が止まらない。どうしよう、本当に本気で怒らせたようだけれど、原因が分からない。  すると、雅樹は黒兎の胸ぐらを掴んだかと思ったら、シャツを思い切り引き裂いた。驚いて雅樹の顔をこの時初めて見る。そして息を飲んだ。  普段の彼からは想像できないような、獰猛な光を湛えた瞳。撫で付けた髪が少し乱れて前に落ちたひと房。今まさに目の前の獲物に噛み付こうとしている肉食獣の顔が、そこにあった。  不覚にも、黒兎はその雅樹の顔に、据え膳で食べられる覚悟をしてしまったのだ。 「ごめ、んなさい……雅樹……」  怒らせてしまったのなら、自分はその怒りを鎮める責任がある。酷くしていいから、怒るのを止めて、と雅樹を両腕で優しく包んだ。 「謝るのか。自分が何をしたかも分かってないのに」 「い……っ」  そう言われて、乳首に噛みつかれる。それでも黒兎は雅樹を抱いた腕を離さずにいると、雅樹は黒兎の胸に頭をついて「くそ!」と叫んだ。そして噛み付くようなキスをする。  黒兎はできるだけ、雅樹の怒りを受け入れるように、宥めるように、彼からの愛撫も受け入れる。彼がこれほどまでに感情を露にするのは初めてで、彼自身もコントロールできないもどかしさがあるのだと、そう感じた。  ◇◇ 「……身体は大丈夫かい?」 「うん……」  一時間後、黒兎は雅樹の腕の中で、寄り添ってソファーに座っていた。あれからかなり激しく身体を求められたけれど、次第に雅樹は落ち着いていったので黒兎はホッとする。 「黒兎、私は心配なんだ。きみがまた、アイツみたいな奴に、絡まれることが」  黒兎のトラウマはまだ完全には克服していない。パニックを起こすことはなくなったものの、似たようなシチュエーションになれば、その心の傷は一気に開く可能性があるからだ。 「うん、心配してくれてありがとう雅樹」 「その無防備な顔も、私の前だけにしてくれるって、約束してくれ」 「……」  どういうことだ、と固まっていると、雅樹は苦笑する。 「やはり自覚がないか。黒兎、きみは見た目が綺麗なんだよ」 「……は?」  いきなり何を言い出すんだ、と雅樹を見ると、彼は思った以上に真剣な顔をしていた。 「さすがに、分かりやすく近寄る奴には警戒するだろう?」  黒兎は頷く。それは内田から学んだことだからだ。だから昼間のコンビニ店員、モリヤマは警戒した。化粧品代理店の営業もそうだ。  すると雅樹は黒兎を引き寄せ、きつく抱きしめる。 「私自身、こんなに嫉妬深いなんて知らなかったし、八つ当たりで酷くしてしまった……ごめん」  こんなことになりたくないから、きみをそばに置いておきたいんだ、と頭を撫でられて、黒兎はホッと息を吐いた。  雅樹の言いたいことは分かる。けれどこちらも生活があるし、サロンを辞めてAカンパニーでやっていくメリットを感じられない。 「黒兎……」  本当に、雅樹がこんな風になるのは初めてだ。黒兎も彼の頭をよしよしと撫でると、初めての感情に戸惑っている、と予想通りの言葉が彼から出てきた。 「初めて……手に入れられたきみを、失いたくない。それを考えると自分が抑えられなくなるし、どうしたらいいのか分からなくなる」  普段から、何でも欲しいものは手に入れてきた雅樹。人心掌握にも長けているから、言うことを聞かない黒兎にやきもきしているのだろう。 「雅樹……俺は雅樹が好きだよ。それだけは間違いないから」 「分かっている。これは私の問題だというのも……」 「うん。それでも、俺は貴方が好き」  そう言うと、雅樹は更にぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。 「両想いになったというのに……苦しいばかりだよ」  苦しいと言うのは、おそらく自分自身と闘っているからだろう。初めて恋が成就して、見えてきたものと真剣に向き合っているからこそだ。色んなものを背負う雅樹ならなおさら。  でも、そんな雅樹すら愛おしいと思う黒兎がいる。大丈夫、と黒兎は雅樹の顔に頬を擦り寄せた。 「何かあったの?」 「……ちょっとね」  曖昧に答えたということは、今はまだ聞くべきじゃないのだろう。雅樹が本気で弱っているのなら、家のことなのかもしれない。 「大丈夫。俺は絶対雅樹の味方だから」 「……ありがとう」  肩越しの気配で、雅樹が綺麗に笑ったのが分かった。

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