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第32話

早朝、川の分岐に大勢の人が集まった。 川の途中から水の流れを堰き止めている大きな石がゴロゴロとしている。それを退かせば西側にも川の水が流れ出る予定だった。慎重にゆっくりと一つづつ退かしていく、ゆるゆると川が新しい路に流れ出している。 (あと少し…頑張って…) 川の中には大勢の人が入っている。その人達を、リーラは緊張しながら見守っている。 最後の一つも無事に退かすことができ、 川が東と西に分かれて流れていくのを見届けた。川幅は少し狭くなったがそれでも、ふた方向に分かれて水は流れていく。ゆっくりでも確実に水は新しい路に沿って流れていく。 作業をしていた男たち、それを見守る女たち全員が諸手を挙げて喜び、歓喜に溢れている。 ランディの計画が成功した。 これで西側の田畑まで水は流れていくだろう、水嵩が増えても氾濫することはないだろう。人々が安心して暮らし、作物も安心して育てられる。 川の流れも数日かけて安定していくだろう。 「よかったですね」 「ああ…川の水、風、ありがとう。感謝する。人々が安心しているぞ」 川の水をすくいランディは水と風に話しかけていた。 「ネロとアルじゃないから、水と風の声は聞こえないけどな」 振り返ってランディは、リーラに笑いかけた。 「そうですね、聞こえないけど。水も風もありがとうございました。そして…大地も潤いを戻してくれてありがとうございます」 リーラも大地に手を置き感謝の気持ちを伝え、笑顔でランディを見上げた。 テントに戻ると、皆が慌ただしく動く気配をリーラは感じた。 「えっ?」ランディが言ったことが理解できなかったので、リーラは振り返りランディにもう一度聞く。 「今日は滞在しないで、このまま王宮に帰るんですか?」 ランディが指揮官や大隊を集め、今後の指示を出した後、このまま護衛隊と一緒に王宮に帰ると言い出した。 「このままで問題はないと判断した。城に帰ろう。馬も人も昨日迄十分休めている」 今、ここを出発すれば夜には王宮に到着はできる。無理な範囲ではないので、護衛隊も今日出発に賛成している。しかし、それにしても急ぎすぎではないだろうかとリーラは疑問に思う。 「ずいぶん急ですね、今日もここに滞在すると思っていました。ランディ、王宮に戻ってから何かあるんですか?大切なこと?誰かに会う約束とか?」 「…えっと…急ぎっていうか、大切なことではある。誰かと約束はしていないが…君がいいと言ったから」 「えっ?何をいいって言いました?」 「湯浴みに行ってゆっくり話そう」 ニヤッと笑いランディは答えた。 「まさか、それだから早く帰るとかではないですよね?」 「えっ?ダメ? ダメか?リーラ…」 真っ赤になったリーラを乗せたライズはゆっくりと歩き出す。 「リーラ、許せ。君を可愛がりたい。 帰ったら二、三日ゆっくりしよう。疲れただろう。あいつらにも早く会いたいしな」 ライズに乗るリーラを後ろからランディは抱きしめ、髪にキスをする。いつものように護衛隊が周りにはいるが、もう周りを気にする余裕はリーラには無い。 ランディに求められて、恥ずかしいやら嬉しいやら複雑な心境から、リーラはプクッと膨れっ面になる。こうでもしていないと気持ちが保てないからだ。 ランディはそんなリーラの様子を見て、機嫌を取ろうと笑いながら頬を撫でてくる。更にふざけるように覆い被さり抱きしめられ、リーラも思わず笑い出した。 空には青空が広がっていた。 水の音も風の音も心地が良い。

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