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第38話

宣言通り、数日間はベッドでゆっくりと過ごしていた。ランディは政務を少しづつこなしていたが、それでも量は少なくしてくれていたようで、ほぼリーラと一緒に過ごすことができている。 「フフッそれで?どんな子供だったんです?」 「頑固な子だったよ。リーラは?」 「よく泣いてました。泣き虫だったな」 二人は距離を近くなりたい一心で、ベッドの中に入り色々と話をしている。お互いの小さい頃や、今までの生活のことなど、話は尽きなく寝る時間を惜しむ。 話をして、キスをして、時に湯浴みに行き、その間中ずっと抱きしめられている。離れなくてはと思う気持ちと、もっと一緒にいたい気持ちが、日々互い違いに押し寄せてくるのをリーラは感じている。 外は雨が静かに降っていた。 この国は季節があっという間に変わる。今の雨も、雪に変わるかもしれない。 「ランディ、あの時は本当に大変でしたね。家の前で倒れていた時は、びっくりしましたよ」 「君たちに手当してもらって、何とか今があると思ってる。朦朧としてたからな、ハッキリと目が覚めた時はどこだここ?って思ったよ。ベッドの周りにはチビ達がいたしな」 「あの子達、興味津々でずっと付きっきりでした。それからはもう毎日、ランディランディって… 」 「子供苦手だったのにな。なんで懐いてくるんだと思いながらも遊んでたら、あいつら可愛くってさ。毎日会うのが楽しみだった」 ベッドの中で、グッとリーラを抱き寄せる。いつからか、密着しているのが日常になっていた。 「ここに来てからは、更に興味があることに真っしぐらって感じだし、やんちゃになってきたし、力加減もこの後どうなるか心配です…」 「そうだな、どうなるんだろうな。俺は楽しみだけどな。だが、君たちの力を持ったまま、外で暮らすのは難しいだろう。また誰かに捕まるって怯えて暮らすのも良くない。俺のそばにいれば捕まったり、嫌な思いもしなくてすむ。 だろ?」 だからランディは、ここ王宮に一緒に来るようにと言ったのだ。それはわかっていて、感謝はしている。毎日怯えずに、伸び伸びと双子もリーラも過ごせるからだ。 リーラを胸に抱きしめ直すとランディは続けて話をする。 「俺は…君たちを守りたい。あの時からずっと変わらずそう思っている。 俺はな、リーラ…」 俺は、と言ってランディが話し始めた。 王になるしかなかった。 妹がいるがもう随分前に他の国に嫁いでいる。他に兄弟はいなくランディだけ。王になるべくして生まれてきたと言われ、帝王学を受けるだけの日々が幼い頃から続く。と、まるで他人事のように話を続ける。 「何の疑問も持たず、ただ毎日同じことの繰り返し。それが普通だと思ってた、王になるんだからって。他人なんて面倒だ、煩わしいって、拒否してたから友達も信用してる奴もいなくってな」 前に、クリオスとレオンが言っていたことを、リーラは思い出した。ランディのことを、『他人に対する思いやりや同情心がなく冷酷な人間だった』と言っていた。 「父である前王が倒れ、あっという間に亡くなってしまったんだ。呆気なかった。母は傷心し、それからは遠くに宮殿を建てそこに籠っている。そして当然、王になるのは俺。そう…俺も周りも思ってたし。で、そのまま王位継承した」 ランディは淡々と語っているが、こう話せるには時間がかかったであろうと想像する。父母が一気に周りからいなくなり、若き王と呼ばれ一人になってしまったのだ。苦悩は多くあるはず。 リーラは密着した身体のまま、頬をランディの胸板に擦り寄せる。 王になったら多くの疑問が出てくるが、ひとりでは何も決められず、進められない。何をどうしていいのかもわからず、また力では何もできないともがき、まだ若いと多くの人に囁かれ、前王である父と比べられたという。 「あの頃、荒れてたな。王というのを隠して酒場に行っては飲んだくれてた。だけど、そこでクリオスとレオンに会って意気投合したんだよな。確か」 相談できる人が出来たと言う。それがクリオスとレオンなんだろう。 「あいつらに、お前、周りを見てみろよ王なんだろ?って言われて、ガツンとしたよ」 それからは、国民の生活や暮らし、必要なこと、困っていること何でも自分で確かめないと気が済まなくなっていた。 リーラの住んでいた村に偵察に行った時も、川に水が入らなくなった原因を確かめに山に来ていたらしい。 「俺には味方が運良くいる。相談できる人も増えてきた。それを今はありがたいと思っている。それだけどな…」 リーラのおでこに何度もキスをする。 おでこにキスをする時は、リーラが難しい顔をしている時だ。きっと今もそうなんだろう。 「初めて会った時、アルとネロは幼い頃の俺と重なるところがあると思った。アイツらは俺みたいなかわいくないガキじゃなく、素直でいい子達だけど…」 またキスをされ、話を続ける。 ネロとアルは力を持っているが故に、その力を隠して暮らしていけば、これから先やりたい事を口に出して言えなくなるだろうという。やりたい事が何だろうと、考えることも無くなり、相談する人もなく、友達も出来ないかもしれない。 自分と重なる部分はそこだとランディは言う。 「人が成長するには環境が大事だ。それと同時に、アイツらには色々な道を作ってやりたいと思ったんだ。選択肢がないのはつらいことだ」 裕福であれば幸せであることではない、 だが、ネロとアルがこの人の側で暮らしていければ、心も体も大きく成長できるとリーラは思う。 「それとな…」 ランディがコツンとおでこをくっつけてくる。 「本音を言うと、君が一番心配だ。今までひとりで頑張ってきたな。自分のことは後回しにしてネロとアルを庇って生きてきただろう?誰にも相談出来ないのは辛かったと思う。その気持ちは俺がよくわかる」 父母を亡くしたリーラと、急に王位継承した時のランディの孤独は似ているのかもしれない。 「ランディ…あの…」 「ん?どうした?」 「ううん…ランディ、えっと」 言葉にならない。自分はただただ、双子の力を隠し、何とか育てていこうと、目の前の出来ることだけ考えてやってきていた。でも、限界はあると感じていたし、ネロとアルには無理をさせていたかもしれない。そこにランディが現れ助けてくれたので、リーラは本当に感謝をしている。 王である限り付き纏う重圧に押し潰されることなく堂々としているのは、過去の自分を大きく超えることが出来たからだと思う。 あなたがやり遂げることをずっと見ていたいと、リーラは言いそうになってしまい、言葉を隠す。 自分には与えるものは何もない。 「大丈夫だ、リーラ。無理に何か言おうとしなくていい。結局俺は、ただ君を甘やかしたいだけなんだ。それに今は俺の話を聞いてくれてたろ?」 「そうだけど…僕は何も出来ないし、もどかしいです。何か望むことはないんですか?」 「いつか、君からキスしてくれればいいなという望みはあるぞ」 屈託のない笑顔でいうランディに、胸を鷲掴みにされたような感覚を覚える。 「もう…」 ベッドで横になっているから、ランディの下唇を含むようにチュッと、リーラから初めてランディにキスをした。されると思っていなかったのだろう、ランディは驚いている。 「上手く出来た?」 「…下半身が凄いことになってきた」 「わっ、ちょ、ちょっと…」 雨は雪に変わっているかもしれない。 もう一日、ゆっくり出来るだろうか。

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