馬車の転倒は免れたが、止まったままである。馬車に乗っていた男たちと一緒にリーラも外に出て車輪と馬を確認した。 雪で滑りリーラを乗せた荷台の車輪が、溝にはまってしまったようだった。 身動きが取れない状態に手綱を引いていた男が荒々しく車輪を引き上げようとしていた。 「兄貴！大丈夫か？」 「このボロ馬車が！　おい！見張っておけよそいつ！　車輪を溝から持ち上げるのを手伝え！」 男はイラつき大声を上げている。周りにいる男たちは慌てて動き出した。 走っていた馬が心配になり、リーラは様子を見に行く。 「大丈夫？怪我なかった？」 リーラは馬に話しかけ無事を確認した。怪我も無いようで安心する。 「おい！勝手にするな！」 兄貴と呼ばれている男が、リーラに向かって大声で怒鳴る。 「なんですか、さっきから。溝にはまってしまったのは仕方ないでしょう。手分けして車輪を出す手伝いをしましょう。それから水あります？馬がかわいそう」 「えっ？」 「へっ？」 リーラの一喝に、馬車の荷台に一緒に乗っていた男たちが手を止めて声をあげる 「水！ありますか？」 聞こえないのかと思い、大きな声で男たちにリーラはもう一度伝えた。 「お、おう、ある。こっちに…」 男が水の場所を指差したので、せっせとリーラは馬に水を飲ませる準備を始めた。こうやって何かやっていれば気は紛れる。少しづつひとりに慣れていければとリーラは考えながら手を動かし、泣いている場合ではないと自分に言い聞かす 予期せぬ出来事があっても、恐れずに前に進むことをあの人が教えてくれた。あの人に恥じないよう生きていこうと、リーラは強く心に誓う。 「兄貴…あいつ、変な奴じゃないよ」 「さっきまで泣いてたけど、あいつ…こんな時に一緒に動けるなんてさ、捕まえなくてもいいと思う…」 男たちはリーラに聞かれないように小声でボソボソと話し始めた。無理矢理連れてこられたのに、突然の事故を把握して何とかしようとしているリーラの姿を男たちは目で追っている。 「ああ…なんだか調子は狂うけどよ… 変な力を持ってるのは確かなんだ。捕獲して国に突き出すか、どこかに売り飛ばしてしまう方がいいんだよ」 「でもよ…かわいそうだろ、なんか」 見張りの男がボソボソと小声で話続けていると、また怒鳴り声が響いた。 「おまえらうるせえぞ！さっさと働け」 男は溝から車輪を出せなくてイライラとするのも重なり、また大声を張り上げ叱咤している。それを聞いたリーラは、彼らの前に顔を出した。 「まだやってるですか…このままだと日が暮れてしまいますよ。荷台の荷物を降ろしてから車輪を持ち上げましょう。ほら、早く！夜になる前に、ね」 「お、おおう…」 リーラが指揮をとる形になり、荷台から荷物を運び出す。荷物がなくなり、軽くなった荷台を車輪ごと持ち上げる。それでも重いので何度か角度を変えて繰り返す。リーラも手伝おうとした時、男たちに止められた。 「お前はいいよ。細っこいし、力無いだろ。そこで見てろ」 「あ、そう…ですか。やっぱり力不足ですよね僕」 「いや、いや、違う。力不足ではない。 ほら、こういうことは、俺たちはいつもやってることだから」 そう言われると手は出せないとリーラは地面にしゃがみ込み、大地に手をつけた （あれ…何か感じる…また雪崩れ？ いや、違う。何だろう地割れのように大きな響きを感じる…） リーラは更に土に手を広げ、大地から鼓動を感じ取る。すると、ドドドと音が伝わってくるのがわかった。 遠くからリーラの名を呼ぶ声が微かに聞こえ、振り向いて後ろを見た。 遠くに黒い塊が見え、それが近づいてくるのがわかる。 リーラと名を呼ぶ声が鮮明に聞こえて始めた。