43 / 107
第43話
その日の昼過ぎ。
シルヴァとお祭り騒ぎの街を散策していると
「これはこれはシルヴァ王子、ごきげんよう」
でっぷりした腹を出し、口髭を生やしてニヤニヤとシルヴァを舐め回すように見つめながら、昨日、シルヴァがルーファス公爵と呼んでいた男が現れた。
シルヴァはあからさまに嫌悪感を剥き出しにした顔をすると、作り笑顔を浮かべ
「ルーファス公爵、ごきげんよう」
と返し、踵を返そうとして腕を掴まれた。
「昨日はどんな力をお使いに?」
「なんの話だ?」
ルーファス公爵の腕を払おうとして、その腕を強引に引き寄せられた。
恐らく本気で抵抗すれば容易い相手だろうに、シルヴァが身体を強ばらせるだけで抵抗する力が弱い。
「困りますよ、商売の邪魔されては……」
「商売?水は全ての人の物だ。」
シルヴァが声を荒らげて言い返すと
「シルヴァ王子は、相変わらず綺麗事を仰る」
そう言って高笑いしてシルヴァの神経を逆撫でているようだった。
俺はふと、こいつを取り巻く人間を見て鳥肌がたった。
シルヴァに良く似た容姿の男達を、似た髪型にしてはべらせている。
違いは、シルヴァのように深いサファイアの瞳の色では無く、全員、ブルートパーズのような綺麗な水色している。
嫌な感じがして、シルヴァに声を掛けようと口を開くと、シルヴァが視線で制してきたので口を閉じると
「私がこの国で一番王家に貢献しているのですよ」
シルヴァの耳元に囁くように呟き
「その金が無ければ、貴方も……王家のみなさんも今のように贅沢出来ますまい」
と言ってシルヴァの腰を抱き寄せた。
その瞬間、さすがにシルヴァも我慢の限界だったのだろう。そいつの手を払い、身体をヒラリと離して
「貴方から、領地の税をたくさん頂いていると伺ってはおります。しかし、このように民に重税を掛けてむしり取る事は認めてはいない」
静かではあるが、明らかに怒りを含んだシルヴァの声に、そいつは嬉しそうに鼻息荒く笑い
「あぁ……貴方のその高貴で美しい瞳に、私が映っている」
と恍惚の表情を浮かべた。
横で聞いている俺が身の毛もよだつんだから、シルヴァからしたら嫌悪以外なにものでも無いだろう。
しかし表情を変えず
「先を急ぎますので……」
と、シルヴァが踵を返して歩き出すと
「妹君は、エリザ様と仰ったかな?」
そう言われて、シルヴァがピクリと歩みを止めた。
「シルヴァ王子に良く似た容姿と伺っております。まだ、婚約者がいらっしゃらないとお聞きしましたが?」
そいつの言葉にシルヴァは作り笑顔を浮かべ
「妹の心配まで、ありがとうございます。ですが、心配はご無用ですので」
と答えて
「行くぞ」
と俺に声を掛けて歩き出した。
なんとなくだけど、ルーファス公爵はわざとシルヴァを怒らせようとしているように見えた。
足早に前を歩くシルヴァに走り寄ると、ルーファス公爵の視界から見えない場所まで移動してから抱き締められた。
シルヴァの身体が小さく震えていて、怒り、悲しみ、悔しさが伝わって来る。
「シルヴァ……宿に戻るか?」
「多朗?」
「良いよ。お前のその感情、受け止めてやるよ」
そっと頬に触れて囁くと、シルヴァは小さく微笑んで首を横に振ると
「そんな事で、多朗に触れたくないです。でも、許されるなら、キスをさせて頂けませんか?」
と囁かれた。
「いつもなら、勝手にキスする癖に……」
そう悪態をわざと吐いて、シルヴァのキスを受け止めた。
その時、ゆらりと揺れる真っ赤な炎の龍がシルヴァの背後で見えた。
ふわりと無風の中でシルヴァの髪の毛が揺れ動き、黄金の髪の毛がプラチナ色に変わって行く。
驚いて身体が強ばると、シルヴァの唇が離れて
「多朗?」
と俺を見下ろすサファイアの瞳が……真っ赤なルビーの色に変わっていた。
俺はシルヴァの首に抱き着き、唇を重ねた。
舌を絡め、シルヴァの力を沈めるように身の内にシルヴァのエネルギーを吸い込むイメージでキスをした。
シルヴァの腕が俺を強く抱き締め、激しく唇を重ねる。
「んっ……はぁ……んんっ……」
角度を変えて、呼吸も唾液さえも奪い尽くすようにキスをしていると、抱き合う中心に熱が灯る。
「多朗……これ以上は……我慢出来なくなります」
そう言って唇を離したシルヴァの瞳は美しいサファイアの色に戻り、光り輝く黄金の髪の毛に戻っていた。
「シルヴァ……やっぱり宿に戻ろう。俺も、我慢出来ない」
そう言ってシルヴァと唇を重ねると、俺達は軽食を取って足早に宿に戻った。
ともだちにシェアしよう!