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第54話

お手伝いさんが荷物を所定の場所に置くと 「お茶をお持ちしますね」 と言い残して部屋を後にした。 俺はベッドに飛び込み、深い溜め息を吐いた。 フカフカのベッド。 毛足の長い絨毯と、高級調度品の並ぶ部屋。 ウトウトと微睡んでいると、うっすらと記憶が甦る。 『多朗、またそんな所で寝てる』 って言言いながら、アイツは怒った顔をして 『風邪ひきますよ!』 って、俺の身体に掛け布団を掛けようとするんだ。 そんなアイツに 「じゃあ、お前が温めろよ」 そう言って首に手を回すと、困ったような嬉しそうな笑顔を浮かべて 『すぐそうやって……』 って言いながら、俺にキスをする。 ランプの揺れる炎に光る金色の髪の毛。 情欲に揺れるサファイアの瞳…… この記憶は何時のもの? 俺が愛しくて、大切だと思うコイツは……誰? 「う……、多朗!」 身体を揺すられて、ハッと目を覚ます。 サファイアの瞳が俺を見下ろし 「そんな所でうたた寝なんてしたら、風邪を引きますよ」 呆れた顔をした母さんが苦笑いを浮かべている。 (今のは夢?俺、誰を思い出してた?) ぼんやりと考えていると 「ほら、折角、相田さんが入れてくれたお茶が冷めますよ」 そう言われて、勉強机に置かれたお茶に視線を移す。 「今日はお父様とパーティーに行きますので、お留守番お願いね」 と言われて、俺は紅茶を飲みながら頷く。 今日は確か、父さんの研究のスポンサーさん達との食事会だったな。 俺も誘われたけど、ああいう席は苦手でお留守番にしてもらった。 綺麗なドレスに身を包む母さんに 「気を付けてね」 と言って、下へ降りてお見送りする。 エリザも降りて来ていて、スーツに身を包んだ親父とドレス姿の母さんを乗せた車を二人で見送った。 エリザの手には、臙脂色のビロード生地のようなもので装丁された分厚い本があり、大切そうにいつも抱えている。 「本を読んでいたのか?」 隣に並ぶエリザに声を掛けると 「我が家に代々伝わる大切な本なんです」 そう答えて、本当に大切そうに胸に抱えている。 その本は何語か分からない文字で書かれていて、俺には到底、読めそうにも無い本だ。 俺が曖昧な返事を返して、部屋へ戻ろうとすると 「あ!多朗さん、エリザさん。お食事出来ましたので、食べてください」 と、相田さんが声を掛けて来た。 豪華なダイニングテーブルに、二人だけでは沈黙が続く。 なんだか、いつも賑やかな奴がそばに居たような気がするんだけど……。 首を傾げていると 「奏叶が居ないと、静かですね」 ぽつりとエリザに言われて、親父達が再婚した時に、和久井が心配してうちで一緒に飯を食ってくれていたのを思い出す。 あいつが一生懸命ムードメーカーの役割をしてくれて、人見知りだった俺が家族に馴染めたんだ。 まぁ、そう考えたら、エリザが和久井に惚れるのも無理ないよな……って思っていた。

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