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第62話
覚悟を決めて、ネックレスに通していた指輪を左手薬指にはめる。
目を閉じ、深呼吸をして心を落ち着けてから、左手をほんの上にかざした。
するとページが勝手にパラパラと捲れ始め、本から光が差し始めた。
俺は心から祈りを込めて
(指輪よ……俺をシルヴァの元へ導け!)
そう念じた時だった。
指輪と本が共鳴するようにキーンと高い音が鳴り響き、バサバサと本のページが音を立てて激しく捲れ、指輪が青い光を放つ。
青い光の先に、ゆっくりとシルヴァの居る世界が光の向こう側に見えた。
まだ、2年しか経過していないのに、なんだか懐かしい景色に泣き出しそうになる。
(シルヴァ……やっとお前を助けに行ける)
そう思って、一歩踏み出したその時だった。
「多朗!お前、何処に行くんだよ!これ、なんの光だよ!」
慌ててエリザの部屋から飛び出して来た和久井が、慌てたように叫んだ。
俺がそんな和久井に微笑み
「奏叶、エリザを頼むな」
と呟くと
「最後の別れみたいに言うなよ!行くな、多朗!」
俺を引き留めようと、必死に手を伸ばした和久井から一歩身体を引いて光の中に歩を進めた。
空を切るように和久井の手が弧を描く。
もう、誰かを連れては向こうへは行けない。
行けばもう二度と、この平和な世界には帰って来れないのだから。
「多朗!行くな!!」
必死に俺を止めようとする和久井に、エリザが指を鳴らして気を失わせた。
ゆっくりと倒れ込む和久井を抱き留めると
「多朗、お兄様を頼みます。それから、無理は決してしないで下さいね。あちらの世界に戻ったら、あなたは……」
と言い掛けたエリザに、俺は微笑んで唇に人差し指を当てて微笑み
「アイツに一番に知らせたいから」
そう言うと、エリザは小さく微笑んで俺に何かを投げた。
慌てて受け取ると、エメラルドの指輪だった。
「これは、国を出る時にお父様から頂いた物です。あちらの世界では、必ず役に立つと思いますので」
エリザの言葉に微笑み、エリザの指輪をネックレスに通して首に掛けた。
すると、キィーンと高い音が鳴り響き、ゆっくりと光が俺の身体を包み込んで行く。
「さよならだ、エリザ。シルヴァは必ず俺が助け出す。だから、安心しろ。その代わり、和久井と父さんの事をよろしく頼むな」
俺の言葉に、エリザが初めて涙を流して何度も何度も頷き
「えぇ、えぇ。お二人の事は、心配なさらないで。だからどうか、どうかお兄様を必ず助け出して下さい。多朗、本当にありがとう」
そう呟き泣き崩れるエリザの膝には、和久井が幸せそうに眠っている。
目覚めたら、俺の記憶は無くなっているのだろう。
和久井と過ごした二年間が、走馬灯のように浮かぶ。
(さようなら、俺が生まれた世界。さようなら、親父と俺を産んでくれた本当の母さん。そして、さようなら……初めて出来た親友の和久井。みんな、どうか幸せに……)
そしてエリザと目が合い、今更ながらに悟った。
きっとエリザも、今の俺と同じ気持ちであの世界に別れを告げたのだろうと……。
一度背を向けて歩き出し、ふと振り向いて
「なぁ、エリザ。これでお前と俺は最後の別れになる。お前の生まれ育った世界に行く俺に、お前が隠してきた気持ちを教えてくれないか?その秘密も一緒に、俺があの世界に連れて行く」
そう言うと、エリザは泣き崩れて
「私は……お兄様を……愛しております。実の兄だと分かっていても、誰よりもお慕いしておりました。だから、この世界に逃げたのです。私は……私は……卑怯者なのです」
と吐き出すように呟いた。
俺が小さく微笑み
「最後に、本音を聞かせてくれてありがとう。エリザ、その気持ちは俺が向こうの世界に持って行くよ」
そう呟くと、エリザが目を大きく見開き項垂れると
「私の記憶を……消すのですか?」
と聞いて来た。
俺は首を横に振りエリザに微笑むと
「その辛い気持ちだけ貰って行くから、安心して。シルヴァは、エリザをとても大切に思っていたからね。エリザがシルヴァを忘れちゃったら、あいつ泣いちゃうからさ」
そう言ってエリザに背を向けた。
ゆっくりと歩き出した俺の背中に
「多朗、ありがとう!どうか、どうかお兄様と幸せに!」
と叫ぶエリザの声に、振り向かずに手を上げて答えた。
(エリザ……ごめんね。きみのその想い、俺が抱えて生きるから……)
ゆっくりと歩を進めると、向こうの世界の入口が小さくなって行く。
俺は赤黒い色になった指輪に唇を当て
「滅」
と、小さく呟いた。
すると、閉ざされる間際の入口から真っ赤な光となって、エリザのシルヴァを愛していた記憶の塊が俺の手の中にルビーの結晶となって転がり落ちて来た。
18年の重みを感じさせる大きくて真っ赤なルビーに、俺はエリザが胸に秘めた苦しい想いを知った。
(苦しかっただろうな……)
そう思いながら、これはいざと言う時にシルヴァを護る武器となるような気がして、そっと胸ポケットに入れた。
そして俺はついに、変わり果てたシルヴァの居る世界へと足を踏み入れたのだ。
ジャリっと土に足を踏み入れた音にハッと我に返ると、着いたシルヴァ達の世界はまるで死んだような景色広がっていた。
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