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第63話 変わり果てた世界
俺が降り立ったのは、サシャが居る宝石の街だった。
だが、昔の賑やかさが嘘のように、人が疎らで驚いた。
あんなに賑わっていたのに、今では閉店した店が多く、俺はサシャの店へと急いだ。
店の入り口は閉ざさており、俺は裏口に回って以前シルヴァから教えてもらった窓を叩く。
すると窓に人影が写り、裏口のドアが小さく開いた。慎重に辺りを確認して、俺は隠れるように入り口の中へと入って行った。
すると、だいぶ痩せたサシャが俺を見て
「多朗?お前、もしかして多朗か?」
そう叫ぶと、俺の身体を強く抱き締めた。
馬鹿力は健在で、抱き締められていると言うよりは、生け捕りにされた気分になる。
そんな事を考えていると
「リラ!多朗だ、多朗が来たんだ!」
サシャがそう叫ぶと、奥からリラが飛んで来て
「多朗!あなた、自分の世界に戻ったんじゃないの?」
そう叫ぶと、俺の頬に触れて驚いている二人に
「うん、一度は帰ったよ。でも、シルヴァを助ける為に帰って来た」
そう答えた。
すると二人は顔を見合わせると
「多朗……残念だけど、王家は全員殺されたのよ」
リラが言いにくそうに答えた。
「え!」
リラの言葉に驚く俺に
「この先の村を収めていたルーファス公爵が、シルヴァ王子が貴族を根絶やしにして、国民を操り国を独占国家にしようとしているなんて裁判を起こしてね。シルヴァ王子は投獄の後、毒殺。シルヴァ王子の事件の後、国王が不審死して、国王の弟のネヴィア様まで亡くなられてしまってね。今はルーファスが国王になったのよ」
リラはそう言うと涙を流した。
「シルヴァが死んだ?そんな筈は無い。だって、この指輪がその証拠だ」
俺がサシャに指輪を見せると、目を見開いて俺の顔を見た。
指輪職人であり、この指輪が共鳴したのを見ていたサシャは、瀕死ではあるけれどシルヴァが生きているのを見て分かったようだった。
するとサシャは思い詰めた顔をしてから
「リラ、仲間を集める。シルヴァ王子が生きているなら、まだ、俺達には希望がある」
そう呟いたのだ。
シルヴァ救出を一人でやろうと考えていた俺にとって、サシャの言葉に気持ちが救われた。
サシャが『ピー!』っと甲高く指ぶえを吹くと、数分も経たずに何処からともなく人々が集まって来たのには驚いた。
しかしその中にあの日、お俺達を襲った男も含まれていたので
「お前!」
と、思わず胸ぐらを掴んで睨み上げると
「落ち着け、多朗!こいつも騙されていたんだ」
そう叫んで、サシャが俺の手をそいつから引き剥がした。
それでも、こいつの浴びせた言葉に酷く傷付いた顔をしたシルヴァを思い出すと、腸が煮えくり返る思いになる。
今にも殴り掛かりそうな俺をサシャが羽交い締めしていると、そいつは突然俺の前に膝を着いて胸に手を当てると
「その節は、大変ご無礼を致しました。貴族達が流した噂に惑わされ、王家を……シルヴァ王子を恨んでおりました。しかし、真実を知った今、王家にこの身を捧げるつもりです。勇者多朗、俺に貴方を守らせて下さい」
そう言って深々と頭を下げたのだ。
そいつの態度に毒気を抜かれて
「噂?」
と思わず訊くと
「はい。王家が俺達国民に重税を課して贅沢三昧し、シルヴァ王子は身体の中に破壊神である火の神を宿しているので、この国の破滅を願っていると。だから我々国民には優しい顔をして、その実裏では私服を肥して水を独り占めして我々国民が苦しんでいる姿を見て喜んでいると。彼を放っておけば、この世界は死の国になると言われました」
そいつの言葉に俺は力を失い、サシャが羽交い締めしていなかったら崩れ落ちていただろう。
「そんな……」
誰よりも民を愛し、誰よりもこの国の繁栄を心から願っていたのはシルヴァなのを俺は知っている。
剣しか握らない美しい手を、慣れない井戸掘りで豆だらけにして、その豆が破れて血だらけになっても井戸掘りを止めなかった。
綺麗な顔を泥で汚し、汗と泥だらけになってもみんなと一緒に井戸掘りをしていたシルヴァが、そんな噂の為に国民に恨まれていたなんて……。
悲しくて、悔しくて……涙が溢れて来た。
知らないという事は、無知という事は罪だと……俺は改めて思った。
握り拳を握り締めて悔しさを堪えていると
「しかし、王家が倒された今。ルーファスが国王になってから、全てに重い税金が課せられ、国民は明日をも知れぬ状態になってしいました。その時に思い知らされたのです。本当の破壊神は、ルーファスだったのだと!」
彼の言葉に
「奴らの言葉を信じてしまったのは仕方ない。でも、俺は誰よりも国民を愛して、この国の……民の繁栄と幸せを願っていたのは、シルヴァだと自信を持って言える。だから、シルヴァを助ける為に、みんなの力を貸して欲しい」
溢れる涙を握り締めた拳で拭い、俺は深々とみんなに頭を下げた。
シーンと静まり返ったその時
「多朗、頭を上げて!そんなの、当たり前じゃない!」
そう叫んだリラの声に、他の人達も声を上げた。
「助けよう!俺達の手で、シルヴァ王子を助けよう!」
口々にそう叫び、まるで離れて個々だった人々が、ドミノ倒しで1つの絵を完成させるがの如くに1つに纏まって行く。
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