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第77話

焼きゴテの跡から唇を離し、俺は慌てて外で吐いた。 あまりにも酷い惨状に、シルヴァがエイダンによって入れ替わった理由が分かった。 そして又、エイダンが大人しくあの部屋で死を待っていた理由も……。 俺がもっと早く来ていたら、11号と呼ばれていた人も助けられたのかもしれない。 悔しさと悲しさで、涙が溢れて来た。 ひとしきり泣いて吐いてを繰り返し、俺は口をゆすいで覚悟を決めた。 部屋に戻って、自我を失っているシルヴァの身体をそっと抱き締めると 「シルヴァ。お前の過去の苦しみや悲しみ全部、俺も一緒に背負ってやる。だから、お前はこんな記しに自分を貶める必要なんかねぇんだよ!」 そう言って、シルヴァの右腕の跡に噛み付いた。 その瞬間、シルヴァの色んな感情が流れ込んで来た。 辛かったな、苦しかったな、悲しかったな。 お前はいつだって、誰よりも気高くて強いこの国の王子だ!だから、一緒に闘おう! 一際強く噛み付くと、傷口から血が流れ出して口の中に血の味が広がる。 さぁ、来いよ。黒き悪魔。 誰もこいつを穢させはしない。 ドス黒い感情が、口の中から俺の中へと流れ込んで来る。 俺はそいつを自分の手のひらに吐き出し、一気に握り潰した。 すると物凄い閃光が放たれ、眩しさに閉じていた目を開けると、辺り一体が草原になっていた。 誰もいない広い草原で、遠くから子供の泣き声が聞こえて来る。 目を凝らすと、木の植え込みに隠れて必死に声を殺して泣いている金髪の男の子が見えた。 シルヴァだと気付き近付こうとすると 「お前、そんな所で何泣いているだよ」 悪ガキの顔をした5歳の俺が、泣いているシルヴァに声を掛けた。 「誰?」 明らかにガキの俺より年上のシルヴァは、怯えた顔でガキの俺を見た。するとガキの俺は偉そうにふんぞり返り 「俺か?俺は多朗。神代多朗だ。お前は?」 そう話し出す。 「僕?僕はシルヴァ」 「シルヴァ?変な名前」 「変な名前とは失礼だぞ!父上と母上が付けてくださった、立派な名前だ!」 怒り出したシルヴァに、チビの俺が吹き出して 「なんだ、元気じゃねーか」 と小さいシルヴァに言って手を差し出した。 小さいシルヴァは、俺の手を握りたいけど握って良いのか考えているようだった。 そんなシルヴァを無視して手を握ると、小さい俺は小さいシルヴァを立たせて 「泣きたい時は、声を殺さないで大声で泣け。泣きたいだけ泣いたら、スッキリするぞ」 と言うと、小さいシルヴァは首を振って 「僕は王子だから、泣いちゃいけないんだ」 って、再び込み上げてきた涙を必死に拭っている。 「馬鹿だな!王子だろうがなんだろうが、泣きたい時は泣いて良いんだ!お前、王子のくせにそんな事も知らないのか?」 と言うと、チビの俺はシルヴァに 「大体、今、ここには俺しか居ないじゃねぇか!俺が許可したんだから、思い切り泣けよ」 そういうと、シルヴァよりチビな癖にシルヴァの頭をぽんぽんと撫でた。 あれは……大好きだった爺ちゃんの受け売りだ。 男だから泣くなと教育された俺に、爺ちゃんがいつもそう言って頭を撫でてくれた。 するとチビシルヴァは、目を潤ませたかと思うと、声を上げて泣き出しだ。 チビシルヴァの話では、シルヴァは生まれた時に「この国を破滅に追い込む」と予言されたらしい。 シルヴァの存在がこの国の脅威となり、又、再生の鍵でもあると言われて育った。 ある者は怯え、ある者は再生の鍵と信じていた。 そんな中、良い子で居ないと「破壊神」と呼ばれてしまう事に傷付いててしまったんだとか。 大人の心無い噂に、小さな小さなシルヴァは心を痛めていたんだろう。 そんなシルヴァに呆れた顔をした俺が 「バッカだなぁ~!運命は変えられるんだよ!」 チビの俺が小さなシルヴァにそう言った。 「宿命は変えられない。俺が神代多朗で、お前が王子?って奴で、シルヴァだっていうのは変わらないよ。でも、それ以外の未来は変えられる」 これまた、爺ちゃんの受け売りを話す俺を、シルヴァはキラキラした瞳で見つめ 「多朗!僕の未来を一緒に変えてくれる?」 そう小さいシルヴァが聞いて来た。 あぁ……思い出した。 これは、小さな頃に見た夢だ。 俺、シルヴァが女の子だと思ってたんだよな。 王子様とかちゃんと説明してんのに、目の前の綺麗な子は女の子だって思ってて 「分かったよ、シルヴァ。一緒に運命を変えよう」 そう言って、シルヴァの頬にキスをしたんだっけ。真っ赤な顔をしたシルヴァに 「約束だ」 って、固い固い指切りを交わした。 そうか……俺達、そんなチビな時に出会っていたんだ。 だからシルヴァは、俺が現れる事を知っていたんだな。 そんな事を考えて居ると、突然強い風が吹いて、大人のシルヴァが身体を小さくして座っている姿が見えた。 俺は後ろからゆっくりと抱き締めて 「捕まえた!」 と言って微笑んだ。 そして悲しみに揺れるシルヴァの瞳を見つめ 「シルヴァ、一緒に帰ろう。俺達の運命を、一緒に変えるんだろう?」 そう言うと、シルヴァが悲しそうに首を横に振る。 「僕はもう、多朗に相応しくない」 頑なに心を閉ざそうとするシルヴァに 「お前が居ないと、俺、他の奴と子作りしなくちゃいけないな~!」 と、わざと大声で叫んだ。 するとシルヴァがピクリと身体を震わせ 「え?」 って呟いた。 「俺の腹には既にお前の子供が居るけど、もう1人、子供を作らなくちゃダメなんだってさ。じゃあ、器はお前なんだから、エイダンと子作りするわ」 俺はそう言ってシルヴァに背中を向けた。 正直、賭けだった。 もしかしたら、このままシルヴァは俺を一人にするかもしれない。 このまま、シルヴァは殻に閉じこもってしまうかもしれない。 でも、何もしないよりさマシだと、俺は一世一代の賭けに出た。 すると、慌てたシルヴァが俺の腕を掴んで 「多朗を僕以外の奴が触れるなんて、絶対に許さない!」 そう叫んだんだ。 俺は小さく笑って振り向くと、そっとシルヴァの頬に触れて 「うん、だから一緒に帰ろう」 そう言って唇を重ねた。

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