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第91話

ルーファスを囲う衛兵達を横目に、衛兵隊長はゆっくりとシルヴァの前に跪き 「シルヴァ王子を守る為に、裏切ったような行動をしなければならなかったこと。本当に申し訳ございません。しかし、我々意外の者を、王子の側に置くわけにはいかなかった。だから、せめて食料と水は安全な物をお渡しさせて頂き、それ以外は貴方に酷い態度をしなければならなかった」 涙を流す衛兵隊長の言葉に、シルヴァはそっと肩に手を置き 「衛兵隊長オーウェン、顔を上げてくれ」 と優しく声を掛けると 「辛い中、城を守ってくれてありがとう」 そう声を掛けた。 すると衛兵隊長さんは号泣し始め 「勿体ないお言葉です」 とシルヴァの手に自分の手を重ねて男泣きしている。 衛兵達からも、啜り泣く声が聞こえる。 これだけでも、どれだけシルヴァがこの国の人達に愛されて来たのかが伝わって来た。 俺は込み上げた涙を拭い、シルヴァの背中を軽くポンと叩くと 「此処は任せた」 と言い残し、シルヴァの部屋に飾られて泣いているマテオが入れられて居る魔石に近付く。 黒い球体の中で、金色の竜が泣いている。 『寒よ……暗いよ……』 シクシクと悲しそうに泣いて居るマテオを出そうと思っても、外から強引に割ってしまったらマテオに怪我をさせそうで怖くて出来ない。 「マテオ、聞こえる?マテオ、助けに来たよ」 一生懸命声を掛けても俺の声は届かない。 ハッとして、腹に手を当てて 『マシュー、聞こえる?』 目を閉じて深い意識へと声を掛ける。 『ママ?聞こえるよ』 『マテオが泣いていて、俺の声が届かないんだ。手を貸してくれないか?』 『マテオが?分かった』 そう聞こえて目を開くと、俺の腹から緑色の煙が現れて魔石の周りをグルグルと煙が包み込む。 『マテオ、聞こえる?僕だよ、マシューだよ』 マシューが声を掛けると、俯いて泣いていたマテオが顔を上げた。 しかし、俺の顔を見て怯えて再び泣き出してしまう。 『怖い、人間怖い』 泣いているマテオに 『大丈夫だよ。僕達の新しい器のママだよ』 『ママ?』 『そう、ママだよ』 マシューの言葉に、マテオが俺の顔をゆっくりと見上げる。 『瞳の色が ……僕の色と同じだ』 黒い球体の中から、手を差し出す。 子供の竜の小さな小さな手に、俺の手を重ねると 「なぁ、マテオ。俺をお前のママにしてくれないか?」 そう訴えた。 するとマテオは笑顔になり、中でクルクルと回り出した。 『嬉しい!僕と同じ目をしたママだ』 はしゃぐマテオに 「マテオ。外側から力を貸すから、中から飛び出すイメージをしてくれないか?」 優しく語りかけると 『うん、分かったよ。ママ』 そう言って、マテオの身体がゆらりと煙に変わる。 俺も外側から魔石に触れて、薄皮を優しく叩くイメージで魔力を当てる。 すると、ピキっと音を立てて魔石にヒビが入り、パンっと破裂音が鳴ると、最後の魔石が粉々になって黄金の竜が現れた。 その竜は俺の身体に巻き付き、『ママ、ママ』って甘えて来る。 その愛らしい姿に頭を撫でると、マテオは嬉しそうに目を細めた。 (か……可愛い!!) まだ幼いマテオの無邪気な愛らしさに感動していると、マシューがマテオの手を取って 『マテオ。ほら、僕と一緒にママのお腹に入るよ』 そう言うと、仲良く俺の腹の中へと二匹の竜が吸い込まれて行く。 入り切る寸前で 『ママ。僕のママが、ママで良かったよ』 と、金色の瞳で微笑みゆっくりと消えていった。 俺はそっと自分の腹に手を当て、今、2つの命が自分の中で芽吹いたのを感じた。 するとシルヴァの手が俺の腰を抱き寄せ 「多朗、お疲れ様。そして、この国を助けてくれてありがとう」 と言うと、俺の頬にキスを落とした。 俺はシルヴァを見上げ、笑顔を返す。 これでやっと、俺達は平和なこの国を取り戻したのだと実感した。

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