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第3話 自分と同じ性癖です

「こちらこそすいません! 何か拭くもの……」  ゴソゴソとリュックを漁るが、今日に限ってハンカチティッシュが1枚も入っていない。  焦る俺の前に、マスターがタオルを差し出してくれた。彼にも同じように手渡すと 「とりあえず2階へ行きましょう」  いつもの優しい表情に戻って言った。  数名いたお客さんには頭を下げて帰ってもらい、CLOSEの札を出したマスターの後に続いて2階へ上がる。  2階建ての洋風チックなお店だなぁとは思っていたけど、まさか暮らしているだなんて知らなかった。  大学進学を機に上京して見つけて2年ほど経つが、ここには数える程しか来ていない。  掃除が行き届いている部屋の隅で待っていると、マスターは洋服ダンスから黒の上下のスウェットを取り出し、彼に渡した。 「シャワーを浴びたらこれに着替えて下さい。下着は新品です。服も差し上げますので、そのまま着て行ってください」 「え、いや、悪いですよ」 「自分が水を掛けたせいなので、気にしないで」  彼ははじめは遠慮していたがすぐに折れて、大人しくバスルームへ入っていった。  マスターは俺のところへやってきて、タオルで濡れた頭を優しく擦ってくれる。  20代後半くらいだろうか。  短髪の黒髪が理知的な顔立ちによく似合っているなと呑気に考えてしまったけれど、色々と申し訳なくて素直に謝った。 「あの、マスター、すみません迷惑かけて」 「マスターだなんてやめてください。野中と言います」 「あ……野中さん、すいません。俺は川井 優太と言います」 「優太くんは大学生?」 「はい。えっとー、何から謝ればいいのか」  まずは俺の性癖から謝るべきか。  こんなことがなければ店をずっと開けていたのだろうし、穏やかな午後を台無しにしてしまった。  嫌悪感でいっぱいにされるかと思いきや、野中さんは穏やかに笑っていた。 「痴情のもつれ、というやつですか」 「野中さんにも聞こえてましたか? 男と付き合うだなんて、理解できないですよね」 「いいえ、理解できますよ。僕も君と同じだから」 「同じって?」 「男の人が好き」 「……」 「あぁけれど、あんな乱暴な人と君が付き合っていたことに関しては、理解ができないです。まぁ、色々と事情があったのかもしれないですが」 「いや、別に……」  事情なんて特にない。  アプリで知り合って、ちょっと話が合ったから。互いに恋人を探す目的があった中で出会ったのでお付き合いが始まった。  俺はとにかく、誰でもいいから誰かとぬくもりを感じあいたかったのだ。  辛かった過去を払拭するためにもそれが必要だった。その時に出会った男の人が、たまたま東さんだっただけ。  いつも横暴だったら即別れてたと思うけど、飴と鞭のようでたまには優しかったし。 「彼が出たら君も風呂に入って。これ、着て帰っていいから」    黙り込んだ俺を気遣うように、野中さんは服を手渡して部屋を出ていった。  野中さんはさらっと性癖を暴露してしまったが、一体どういうつもりだろう。  さて、困った。  部屋に残された俺は、シャワーの音に耳を傾けながら、スーツの彼にまずどう切り出そうか悩んでいた。

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