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第5話 笑って誤魔化すタイプです
「もしあれで、彼に心を開いてたとしたら驚きますよ」
「えっ」
さっきは優しかったのに、急に強めの口調で言われて狼狽える。
「川井さん、彼に対して恐怖心みたいなのはありませんでしたか? 俺にはとても恋人同士のようには見えませんでした。なんだか、あなたが彼に支配されていたような」
「えー、支配だなんてそんなぁ」
東さんは自分勝手なところはあったけど、こうしろああしろと俺に命令してきたことはない。
大袈裟だなぁと笑ってみせるけど、目の前の人は全く笑っていなかった。
ははは、と大口を開けていた俺は一気に気まずくなり、口の端を引き締める。
「川井さんって、何でも笑って誤魔化すタイプでしょ」
「はっ?」
確信をつかれて目を見開く。
なんだ急に!
初対面のあなたに何が分かるのだ!
ま、まぁ当たってますけどね!
「俺、あの彼だけじゃなくて、貴方にも少し腹が立ってます。言われっぱなしで何も言い返さなかったですよね。あの調子だと、きっと遅刻なんて日常茶飯事だったんでしょう? 怒るべきところでヘラヘラと笑って、気を遣ってばっかりで、あの人のこと本当に好きだったんですか?」
「うぅっ」
辛辣だ。泣きそうになるからやめてほしい。
そんなことない。
俺は本当に彼が好きだったんだ……と即答できない自分は、やっぱり好きじゃなかったんだろう。
そうだ。気分屋の東さんに振り回されていたのは分かっていたけど、どうしたらいいのか分からなかったのだ。
待ち合わせ場所に時間通りに1度も現れなかったことも、誕生日プレゼントが牛丼屋のクーポン券だったことも、自分から進んで俺の体に触れようとしてくれなかったことも嫌だったけど、諦めたんだ。
もう彼には期待しない。
何も求めない。
東さんの機嫌が悪くならないように。
予防線を張れば、楽になったんだ。
頑張っても無理だった。
2ヶ月前に俺は、東さんちのベッドの上に卑猥な格好で寝転んで待っていた。
その気になってくれるかなって。
だけど東さんは、可哀想なものを見るように見下して。
『それ、何の冗談だよ。やめてくれよ』と。
俺は、東さんのことを嫌いではなかったけど、たぶん好きでもなかった。
「……好きじゃなかったの、かも」
ポツリと呟くと、目の周りがジワジワと熱くなっていった。
「本当は気付いてたんです。彼氏は俺のこと、そこまで好きじゃないんだろうなって……でも俺が彼好みの男になれば、どうにかなるんじゃないかって……頑張ったり、諦めたりして……ずっと辛くて」
出てきた涙を拭っていると、成瀬さんはギョッとして狼狽えた。
「すみません、言い過ぎました。自分のことを棚に上げて、本当に好きだったのかだなんて責められたくないですよね。泣かせるつもりはなかったんですが」
「いいんです。あなたの言う通り、俺は大バカ野郎のどうしようもないクズなんで」
「そこまでは言ってないですけど」
この人の言う通り、俺は東さんに支配されていたのだ。
嘘で塗り固めた自分。
本来は恋人に対して、諦めたり頑張ったりするもんじゃないのに。
東さんと出会ってから今までのことが走馬灯のように頭を駆け巡ると、ますます泣けた。
かっこ悪い。
偽りの自分を好きになってもらおうとしていた今までの俺も、初対面の人の前でこんなに涙を流すのも。
「ティッシュで鼻かみますか?」
1枚手渡されたので、ちーんとする。
鼻水はおさまったようだけど、涙が止まらない。
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