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第8話 十夜の冒険ものがたり side十夜
-side十夜-
電車から降り、改札へと向かう階段を上がる途中、前を歩く塾帰りであろう女の子のポケットから、ハンカチが落ちた。
それを拾い上げ、階段を上りきったところでその女の子に声を掛ける。
「ねぇこれ、落としたよ」
2つ結びの女の子が振り返り、俺を一瞥してから手元の黄色いヒヨコの刺繍がされているハンカチに目を向けた。
「あっ、わたしの!」
「はい」
小学校4、5年生くらいだろうか。
手渡すと、また大きな瞳を輝かせながら、俺の顔をじっと見てニッコリした。
「ありがとう! おじさん!」
「おじ……っ」
石のように動けなくなった俺を置いて、女の子は駆けて行ってしまった。
お、おじ……おじさん……。
いやいや、彼女くらいの年齢の子に取っては、大人の男は皆おじさんに見えるのだろうから気にするな。
自分に言い聞かせるが、見事にショックを受ける。
川井さんは幼く見えると言ってくれたが、10代には見えないってことだったもんなぁ。
家までの道のりをいつもの倍かけてトボトボ歩く。
家に入ると、両親はまだ帰っておらず真っ暗だったので電気を付け、紙袋の中の濡れたスーツを洗濯機の奥へ突っ込み、部屋着に着替えてベッドへ寝転がった。
机の上の参考書や教科書は雪崩を起こし、床には服が散らばっている。
元々片付けは苦手な方だが、いつも以上に荒れている。
なんてったって今日、振られたからな。
『十夜くんってさ、その、ちょっと大人っぽすぎるっていうか、ミカとは釣り合わない気がすんだよねぇ』
元カノに言われたセリフを思い出してしまい、口をへの字に曲げる。
はいはい! どうせ老けて見えるって言いたかったんだろー!
「あぁークソがぁぁ!」
跳ね起きた俺は、机の物をきちんとただし、床に散らばった服を拾い上げていく。
その中には現在通っているK高校の制服も混じっていた。
成瀬 十夜、17歳。れっきとした高校2年生である。
子供の頃から年齢が上に見られることが多かったのだが、歳を重なるにつれ、年々酷くなった。
小学1年の時は6年に見られ。
中学生の時は大学生に見られ。
そして高校生の今は、20代後半。さらにはおじさん……。
自分で言うのもなんだが、顔つきは整っている方だし、コミュ力にも長けている方なので、告白はバンバンされる。
そして余程のことがない限りは受け入れる(1度、男からされたことがあるがそれは振った)。
だがいつも、振られる。
その理由は顔が老けているだけではない。
たぶん、やる気がないのだ。
いや、やる気というのは決してアレな意味ではなく、恋愛というものに対して気力が湧かず、飽きてしまうのだ。
ミカも、その前の彼女も、その前の前の彼女も『いかに自分が周りから幸せに見られるか』を資本としていた。
俺はお飾り。
俺が好きというよりかは、自分を引き立ててくれる男を隣に連れている自分、が好きなのだ。
SNSに、デートの度に写真を無駄に上げ。
クラスメイトにわざと見せつけるように手を繋ぎ(指摘されると『えー、見られてたんだぁ恥ずかしいー』と謙遜する素振りを見せる)。
地平線に夕陽が沈む瞬間をバックに2人で撮りたいと、朝からわざわざ遠出したことだってある(そして1枚撮って即帰る)。
自己顕示欲のアピール、必死。
俺は疲れていた。
だから今日、非日常感を味わうことにしたのだ。
父親のスーツを着て、髪を後ろへ流すと、完全に高校生じゃなくなった。
知り合いに見つかったらなんと言おう、バレたらどうしようかと初めは緊張したが、しばらくすれば次第に慣れ、むしろ妙な開放感と背徳感が出てきて気持ちがよかった。
調子が出てきたところで電車に乗り、いつもは歩かない街を歩くとますます楽しくなった。
店のガラス戸に映った自分は、どこからどう見てもサラリーマン。
そして喫茶店に入り、なけなしの金をはたいてフルーツパフェとクリームソーダを頼んだのだ。
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