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第9話 ボクの愉快なお友達
いま思えば、店に入った時からカウンター席には川井さんが座っていた。
あのクソ彼氏がドアをうるさく開けた時から、俺の目は2人に釘付けになった。
彼女がいるだの、終わってただの、本来なら他人に聞かれちゃならないことをペラペラとあの彼氏は話していた。
俺はずっと、川井さんにムカムカしていた。
どうしてもっと言い返さないんだ。
俺だったら、浮気が発覚した時点で1発殴ってる。なのに川井さんはヘラりヘラりとして、まるで他人事だった。
まぁ結局、俺がなぜそこまで川井さんに苛立ったのかというと、自分自身が元カノに言い返せなかったからだ。
出来なかった自分にイラついていたから、出来ない川井さんが許せなかった。
責めて泣かせてしまったので、悪いなと思った。反省すべき点。
さらには川井さんには、自分は27歳なのだと嘘を吐いてしまった。
そしてあの人、なぜか高校生が大っ嫌いらしい。
俺がその、大っ嫌いな高校生なんですけど。
理由を訪ねようとしてもはぐらかされたので、正直、またムカついてしまった。
もう1度会う約束をしたから、その時にどうにかして聞き出そう。
次の日の昼休み、俺はクリームパンを食べながら、その一連の出来事を友人に話した。
「へぇー。とーやくん、色々とあったんだねぇ」
聞いてんのか聞いてないのか分からないノリで、弁当のご飯をかき込んでいるこの人の名前は、堅い人と書いて賢人 くん。でも全然堅くない。ふにゃふにゃ。
髪は俺と同じく金髪に近い茶髪のふわふわ。顔は俺とは逆で、実年齢よりも幼く見える。
人懐こい童顔で低身長なケンは、隣に座る人に向かって卵焼きを刺した箸を向けた。
「新 、食べる?」
「んあ」
大きく口を開ける新は、卵焼きをパクリと一口。
新はケンの家のお弁当が大好きなのだ。
新の家も共働きで忙しく、毎日パンとかおにぎりのみだ。
「で、そのヤローは大人しく帰ってったのか」
もっちゃもっちゃと卵焼きを食べながら、新は俺に尋ねる。
「うん。殴られるかと思ってたけど、マスターが助けてくれた」
「凄いなその人。はいケン、もう1つ」
「はーい」
あーん、と言いながらケンが新の口へ卵焼きを運ぶ。
新も聞いてんのか聞いてないのか分からないが、ケンほど不真面目ではない。
髪はきちんと黒髪だし、俺たちのようにネクタイを解いてはいない。中学の時に剣道部で厳しかったらしく、その名残りらしいけれど。
「で、その川井さんに今度、借りた服を返しに行こうって誘ったんだけど」
「へ? なんでまた。ゲイの人と仲良くなっちゃったの?」
ケンが不思議そうに俺を見てくる。
「仲良くはなってないけど、あの人、高校生が嫌いらしくて。なんでかなぁって気になって」
事情を説明すると、今度は新が反応した。
「まぁそれは、高校の頃にアレだろ。イジメとか」
ふむ、と思いながらクリームパンを一口齧る。
俺もそれは考えた。
高校の頃にいい思い出がなかったのだろう。だから高校生を見かける度に嫌な気持ちになるに違いない。
俺が実は高校生なのだと知った時はどうするんだろう。また泣いてしまうのだろうか。
ケンも頷いてから、突飛なことを言い出した。
「かもねー。で、十夜は今後、その大学生と仲良くなってお付き合いしちゃうわけ?」
「はぁ? んなわけないだろ」
「だって十夜からそんなふうに誘うなんてあんまりないじゃん。デートするにしても、彼女から誘われっぱなしだったし」
「誘ったのは、高校生が嫌いな理由が気になるからだよ。川井さん自身に興味あるって訳じゃ……」
そう言いながらも、実はほんの少し興味が湧いていた。
川井さん。
可愛くて、可哀想な人。
いくらなんでも、成り行きであんなダメ男と付き合わなくても。
その背景に何があったのか。
高校の頃、どんな辛い目にあったのか。
彼は今まで、どんな恋愛をしてきたのだろう。
正直、好奇心でいっぱいだった。
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