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第10話 楽しいことには全力で

 川井さんを丸裸にしてしまいたい。  いやそれは、物理的な意味ではなくて。  あの、虚偽の笑顔の裏を見て暴いてやりたい。  本当の川井さんをさらけ出してやる、という気分だ。 「仲良くなってくうちに、その川井って人に十夜が惚れられたらウケるな」  ふと呟いた新の言葉に、ケンは動きを止めて噴き出す。 「あるかもね、それ! 十夜、せっかくだったらその気があるフリして告白されなよ。十夜だったらいけるよ絶対!」 「はぁー? なんだそれ。もし本気で告白されたらどうすんの」  ケンの代わりに真面目な顔して新が答えた。 「まぁ、今までお前が振られてきたのと同じように振ってあげれば」    そんなことして、誰にメリットがあるんだ。  仮にだ。  川井さんに俺が気を持たせるようなことをして恋をさせ、モジモジしながら告白してきたところを、俺がピシャリと断るとしよう。  彼は一体どんな気持ちになるのか。  考えただけで、川井さんが不憫に思える。 「はぁ……なんてことを言ってんだよ2人とも……そんなゲスいことを考えるだなんて」  そんな、人を試したり気持ちを踏みにじるようなことを目論んでいる俺たちは、きっとクズで、最低で…… 「──最高じゃん! いいな、そうしよう!」  俺たちは花盛りの高校生。  毎日ノリで生きている。  いえーい! とハイタッチする3人のはしゃぐ声は、隣のクラスにまで聞こえていたと思う。 「次いつ会う約束してんのー?」  ケンが嬉々として訊いてくる。 「まだ決めてない。昨日の今日だし、いきなりLINEすんのもウザイかなって」 「逆だよ! こういうのはすぐ連絡するもんなの! 先延ばしにしてたら、無かったことにされちゃうかもしれないだろー?」 「えぇ、うん……けどなんて言えば」 「もうっ、そんなの真面目に考えなくていいんだよ! 貸してっ」  ケンは勝手に俺のスマホを取り上げて、素早く画面上で指先を滑らせた。  新と一緒にそれを眺める。   「はい、こんな感じでフランクにさー」  渡されたスマホのLINE画面を見て驚いた。 【こんにちは~☆   昨日はありがとうございました!   次はいつ会えますかー٩( ᐖ )و??】 「なんだこりゃ!」  こんにちは~☆、なんて馴れ馴れしく波で伸ばして星つけてんなよ。  それになんだこの陽気な顔文字は。使ったことねぇ。  この文面は100パー、ケンだ。  俺は人懐こいキャラじゃないし、そもそも27歳という(てい)で接しているのだが。  川井さんもいきなりこんなクソメが送られてきたら戸惑うだろう。  削除しようとしたが時すでに遅し。  なんと既読が付いてしまった。 「既読付くの早っ」  大学生だから、彼も今昼食中なのかもしれない。  絶対、不審に思われるに決まってる。  ソワソワとしていると、返信が来た。 【昨日はこちらこそ、どうもありがとうございました!   成瀬さんの予定に合わせますので、都合のいい日、教えてください】  あれ、意外と普通だな……。  まぁ変だと思ったとしても、安易に突っ込めないか。  今度は俺がきちんと返信をする。  週末、いかがですかと送ると、大丈夫ですと返ってきた。  あっという間に、会う約束が出来てしまう。 「良かったね! ちゃんとエスコートしてあげるんだよ!」  楽しそうにけらけらと笑うケンと、どうなることやら、と少し遠巻きに笑って見ている新。  とりあえず、平凡な日常に彩りを添えてくれる案件が見つかった。  どうやって川井さんを落とそうか、と考えただけでワクワクした。  帰宅後、しわくちゃのスーツを手に持った母親のゲンコツが俺の頭頂部に炸裂したことは2人に内緒である。

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