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第11話 近い関係になりたくて
週末、川井さんと駅前で待ち合わせた。
彼は俺を見つけるなり駆け寄ってくる。
「成瀬さんっ、すみません、待ちましたか?」
「いいえ、そんなには」
「元彼は時間通りに来たことがなかったので、つい癖で家を遅く出ちゃいました、すみません」
てへ、と頭を搔く川井さんは、ケンと同じく童顔だから、高校生と言っても通用するかもしれない。
「いつもどのくらい遅刻してたんですか?」
「平均して1時間くらいですね。最高で4時間待たされたことも」
「……」
なぜかドヤッた顔をしてるけど。
遅刻する方がもちろん悪いけど、おとなしく待ってる川井さんも川井さんだ。
もっと怒ってもいいところを、甘やかし過ぎなのだ。
まぁ結局は別れたのだから、もうどうでもいいんだけど。
喫茶店へ向かっている最中、ふと川井さんは切り出した。
「成瀬さん、今日って時間ありますか? 良ければどこかでご飯、ご馳走したいんですけど」
「え……」
「俺、学生だからあんまりお金無くて高いところは行けないですけど、今日は成瀬さんの食べたいもの奢りますよ」
「じゃあ、喫茶店着くまでに、考えておきます」
思いがけない言葉に、素直に嬉しくなる。
高級焼肉店……と言いたいところだが、あまり負担を掛けたくないので、行き慣れているハンバーガーショップにしといてやろうかなと思う。
「分かりました。……フフ、そういえば成瀬さんって、LINEでのやり取りだと少し印象変わりますね」
「え、そうですか」
実は3回に1回はケンが打っているんです。
そんなことを夢にも思っていないだろう川井さんは、にっこりした。
「はい。こうして会ってみると結構落ち着いてるなと思うんですが、LINEだとフレンドリーだなって」
「あぁ、少し緊張しているのかもしれません。川井さん、可愛いから」
「え?」
「いえ、何でも」
視線をふっと逸らすと、川井さんも赤くなった顔を背けた。
店のガラス戸に映った川井さんの顔は、プレゼントの包み紙を開ける前のような表情をしていた。
ふふ、照れてるな。
ケンと新のアドバイスの通り、さりげなく、気があるような素振りを見せてみる。
川井さんは見るからにチョロそうだし、ちょっと優しくしてやれば落とすのは簡単かもしれない。
俺はこのままの勢いで提案する。
「川井さん、良かったら名前で呼んでもいいですか?」
「え、優太って?」
「はい。優太さんも、俺のこと名前で呼んでくれたら嬉しいです。敬語も無しで」
「敬語はさすがに……」
「いいんです。俺、優太さんともっと仲良くなりたいから」
わざと顔を近づけると、じゃあ、と遠慮がちに頷いた優太さん。
口元をキュッと結び、目を白黒とさせている。
男には興味はないけれど、俺の中で優太さんの可愛いポイントが加算されていく。
優太さんの敬語はしばらく抜けなかったが、根気よく指摘しているうちに徐々に抜けていった。
ちなみに俺から提案したにも関わらず、自分は優太さんへの敬語が抜けない。この人は4歳年上なのだと根付いてしまっているので。
「いらっしゃい……あぁ、この前の」
喫茶店のドアを開けると、カウンターの中でグラスコップを磨いていた野中さんがふわっと微笑んだ。
見た目はこんなに爽やかな優男なのに、あんな風に物怖じせず、バケツの水をぶっかけちゃうんだもんなぁ……。
俺たちは挨拶もそこそこに、借りた服を入れた紙袋を差し出すと、驚きつつもそれを受け取ってくれた。
「わざわざ来てくれたんですね。ありがとう。良かったらゆっくりしていってください」
「はい、ありがとうございます」
優太さんはそう言って席に着き、目元を和らげた。
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