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第14話 どうして虚無ってしまうのか

「優太さん。そいつってどこに住んでるんですか」  俺は苛立っていた。  そいつ、優太さんの気持ちを弄んで最低じゃないか。親の顔が見てみたい!  そんな奴は火あぶりの刑だ……と燃え盛る炎に見たこともないそいつを放り投げる妄想をしたところで「ん?」となる。  その気にさせといてこっぴどく振るって、まさに今俺が計画していることと同じではないか……? 「え! 待って、そんなつもりで話したんじゃないから!」  涙目の優太さんは手のひらをブンブン振っている。  どうやら俺は血の気が多い奴だと思われているらしい。  俺は自分のことを棚に上げてそいつを非難した。 「何なんだよそいつ、意味わかんねぇ。何が面白くてそんなことしたんだよ」  と言いつつ、その彼の気持ちがよく分かってしまう。  出る杭は打たれるというもの。  何でもいいから平凡な毎日に彩りをそえられるものを、高校生は機敏に察知している。  人とは少し違う優太さんの性癖に気付いた彼は、面白半分で近づいたに違いない。  そこに意味などはない。  ただのストレス発散や暇つぶしなのだ。 「だから俺、大学デビューしたんだ。高校の頃の思い出は全部、向こうに置いてきた。思い出さないようにしてるけど、高校生を見ると、どうしても嫌な記憶が蘇っちゃって」  優太さんは落ち着きを取り戻したようで、残りのハンバーガーを口にした。 「事情はよく分かったけど……それで、こっちに来てからアプリであのクソ彼……元彼氏と出会ったってことか。なんとなくで付き合ったって言ってたけど」 「うん。その前に女の子と1度付き合ったんだけど、すぐに別れちゃって。男の人とちゃんと付き合ってみようって思ってた時に、元彼の東さんと出会ったんだ」  なんだかサラッと仰天発言をされたような気がする。  女の子と、付き合った? 「優太さんって、ゲイじゃないの?」 「うん。言い忘れてたけど俺、性別問わずいけるんだ。東さんと付き合ってみて上手くいかなかったから、今度はまた女の人に恋してみようかなって」 「その東って人もバイ?」 「そう」  だからあの時、女の人と付き合うのもありかな、と言っていたのか。  あの時は単に、東って人に言われたから仕方なくの発言だとばかり思っていたが。  ということは、俺がいくら気を持たせるようなことをしたところで、この人が俺を好きになる訳はないのか。  計画失敗か。  胸の中に穴が空いたような気分になり、虚無感が全身を支配する。  あれ、どうして俺はこの程度のことで落ち込んでいるのだ?  優太さんを目の前にすると、どうも調子が悪い。  こんな、何とも言い難い胸の痛みを感じるのは初めてだ。 「十夜? お腹痛いの?」  険しい顔をして、服をギュッと掴んでいたらしい。  すぐに手を離して「大丈夫」と笑う。  燃え尽き症候群のようになった俺が席を立つと、優太さんも残りのジュースを一気飲みして後をついてきた。  店を出て、そのまま目的もなく歩き出す。  このまま帰るのかな、とぼんやり思う。  高校生が嫌いな理由も聞けたし、恋愛遍歴やこれからのことについても知れたし、もう俺はこの人に用はないんじゃないか。  ケンと新には『計画は失敗だった』と敗北宣言をして…… 「十夜って背が高くて羨ましいなぁ。何センチ?」  ボーッとしていた俺の顔を、ニコニコとした優太さんが覗き込んでくる。  柔軟剤のいい香りがして、たまらない気持ちになった。  あぁそうだ。まだ1つ聞けていない。  優しいというワードでたまに落ち込む理由。  そうだ。それがあるから優太さんとはまだ一緒にいなくてはならない。  それに、諦めるのはまだ早いんじゃないか。  いくら女の人に恋をすると言っていても、その通りになるとは言いきれない。  その気持ちを覆すほど、俺がこの人にとって魅力的に見えればいいんだ。  俺はふと振り返り、先程通り過ぎたドラッグストアーの看板に目を止めた。 「優太さん。本当は髪染めたかったって言ってましたよね」 「へ? あぁ、うん」  身長は? という顔をしている優太さんを差し置いて、俺は踵を返した。 「これから髪染めましょう。俺も手伝うから」

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