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第15話 殻を破ってピンク色 side優太

 -side優太-  さて、どうしたものか。  俺は肩にタオルをかけた状態で椅子に座り、折りたたみミラー越しに十夜を観察してみる。  随分と手際が良い。  俺の髪を数箇所ブロッキングし、後頭部下辺りから櫛につけた液体を塗布していく。  全体が塗り終わったらラップをして、20分。 「じゃあ時間なので、流してきて下さい」 「はい」  言われるがまま風呂場へ向かい、ヌルヌルした頭を洗い流す。  ちなみにここは、俺の住む安アパート。  まさか今日、十夜がここに来るだなんて思いもしなかった。  片付けてから家を出てきて良かった。  十夜は一体、どういうつもりなのだろう。  どうしてこんな俺を気にかけてくれるんだ?  排水溝に濁った色の湯が吸い込まれていくのを見ながら考え込む。  仲良くしたいと言ってくれたり。  名前で呼んだり、こうして俺がずっとしたいと思っていたことを手伝ってくれたり。  十夜って、なんて、なんて優しくていい男なんだ。  ノーマルな男には絶対に恋しないと決めているのに、そんなに優しくされたら、気を張っていないとすぐに約束を破りそうになってしまう。  ただでさえ十夜は崇高な美人でカッコよすぎるのだから。  全てを流し終えて、シャワーを止める。  前髪をかきあげ、備え付けのミラーを覗き込んだ俺は目を見開いた。  ついさっきまで真っ黒だった俺の髪はブリーチのおかげでメラニン色素がしっかり抜けて、ライオンの毛色みたいになっていた。  これからピンクアッシュに染める予定。  今のところ、この黄土色の髪を見ていると成功する気がしない。 『優太さんが本当にしたいって思ってる髪色は何なんですか』  ドラッグストアーでブラウン色のヘアカラー剤をレジに持って行こうとした俺を、十夜は止めた。  いいかな、と言った俺の呟きを聞いたからだ。  本当は、憧れている好きなバンドのギタリストの頭がピンク色なので、それにしたいと思っていた。  でもさ、その人だから似合うのだし、俺には無理だよね。似合わないよきっと。  色々と言い訳する俺を叱咤して、十夜はブリーチ剤とピンク系のヘアカラー剤を俺に渡してきた。 『やりたいと思ってるなら、それにしようよ』  たまに敬語の抜ける十夜に真っ直ぐな瞳でそう言われたら、拒否できなかった。  そして俺は、髪を染めてもらう羽目に……。 「おぉ、色、しっかり抜けましたね」  風呂から出た俺の頭を見て、十夜は目を細めた。   「大丈夫かなぁ……変になるかも」 「なったらなったでいいじゃないですか」 「よっ良くないよ! 学校やバイトだってあるのに……」  バイト先は髪色自由ではあるけど、黒髪だった人が急にピンクになったら好奇の目を向けられるに決まっている。  今更だけど、やっぱり無難にブラウンにしとけば良かったかもしれない。  後悔しても、カラー剤はピンクアッシュしか買っていない。  このまま染めることになってしまった。  もう1度椅子に座り、彼にカラー剤を塗布してもらう。  やはり手際が良く、手先が器用だ。   「十夜って、いつも自分で染めてるの?」 「はい。金無いんで……あぁいや、美容室で染めるより、セルフでやった方が早いし」 「まぁそうだよね」 「優太さんの髪は、サラサラで柔らかいから染めやすい」  櫛で優しく梳きながら、手袋をはめた指先で俺の髪の毛先に触れる十夜。  気付かれぬよう、また折りたたみミラーで十夜の表情を盗み見る。  まるで慈しむように笑みを浮かべているのを見て、不覚にもドキドキとしてしまった。

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