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第18話 泣きたくないのに悪夢です
この家には余計に布団を常備していないので、十夜には毛布を布団替わりにして床で眠ってもらうことにした。
電気を消し、ベッドに横になる。
枕に頭を預けると、秒で睡魔が襲ってきてしまう。だが寝てしまうのは勿体ない気がしたので、どうにか起きていようと試みる。
「十夜はこれまで何人くらいとお付き合いしてきたの?」
「さぁ、何人だろ。いちいち数えてないな」
十夜はまだまだ元気で、全然眠くないらしい。
俺は欠伸を噛み殺す。最近続いていた夜更かしも手伝って、まぶたが重くなってくる。
「凄いなぁ十夜は。けど、気のない人にはあんまり密着し過ぎない方がいいよ。勘違いしちゃう子も中にはいるだろうから」
「へぇ。それは優太さんのこと?」
「違うよ! 俺はどれだけくっつかれても、絶対……十夜を好きには……」
ならないよ、とまで言えたかどうか。
知らぬ間に眠りに落ちていた。
今日は色々と充実していたなぁ。
いいことがたくさんあった。
だから夢だっていいものに決まっている。
最初の方は、羊の背中にのって草原を駆け回ったり、桃やさくらんぼのような甘い果実をたらふく食べるという、心地のいい夢だった。
けどいつの間にか、悪夢に変わっていた。
出てきた人物は東さん。
あの日のデジャブのように、ベッドに横たわる俺を目に入れた瞬間、東さんは蔑むように嘲笑した。
それ、何の冗談だよ。やめてくれよ。
努力が泡になる瞬間って、みんなこんな気持ちになるんだろうな。
虚無感。脱力。
期待に応えられなかった、申し訳ない気持ち。
夢の中で、涙脆い俺は泣きながら謝っていた。
ごめんね、東さん。
俺、変なことしちゃって、空気読めてないね。
ごめんホント。
ごめんね、東さん──
ふと目を覚ますと、目尻からこめかみへ向かって一筋の涙が伝っていたことに気付いた。
それを拭い、ため息を吐きながら上半身を起き上がらせる。
まだ夜明け前だ。
ベッドの横には十夜の抜け殻があり、静まった空間には自分しかいなかった。
もう帰ったのだろうか。こんな時間に?
電話をしてみると、十夜はすぐに出た。
気だるく『なに?』とまるで昔から気心知れた友人みたいに言われたので、ちょっと笑ってしまう。
「もう帰ったの?」
『たまたま起きたから帰ろうかなと思って。今駅に向かってる』
「電車まだ動いてないと思うけど」
『……適当に店入って時間潰す。そういえば優太さん、寝言言ってたよ』
「え! なんて?」
『ごめんって。何の夢見たの?』
「なんだろ、忘れちゃった」
まさか声に出ていたとは恥ずかしい。
それにしても、1日中俺にあんなにくっついていたくせに挨拶なしに帰るだなんて、案外あっさりしているのだな。
『今度また、どっか行かない?』
少しの沈黙の後でそう言われて、嬉しくなる。
次も会えるんだと思うと胸が高鳴った。
「いいよ! どこか行きたい場所はある?」
『考えとく。じゃあね』
これまたあっさりと電話を切られたので、拍子抜けする。どことなく声も不機嫌そうな感じだったけど、寝起きだからかな?
俺は締め切っていたカーテンを開け放ち、空を見上げる。鳩がいるようで、どこからか鳴き声が聞こえてきた。
うーんと伸びをしてから洗面所へ行くと、ピンク色の頭が目に入って自然と頬が緩んだ。
新しい自分。
大事にしよう。
このピンク色も、十夜という存在も。
昨夜、これでもかというほど密着されたのを思い出し、少しだけ耳の裏が熱くなる。
そういえば十夜は、熟れた桃のような甘い匂いがした。
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