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第19話 せっかくだから残しとこう side十夜

 -side十夜- 「お待たせしましたー! エッグマフィンのセットでーす! ごゆっくりどうぞー!」  AM5:00から元気だな。  こちらが照れてしまうくらいの眩しい笑顔を振りまかれた俺は、小さく頷いてトレイを受け取り2階へ上がる。  ここは昨日も優太さんと訪れたチェーン店のハンバーガーショップだ。  始発まであと30分はある。  電車がまだ動いていないとは盲点だった。  よく考えずに出てきてしまった。  いや、そもそも優太さんのせいだ。  俺がうなされ始めたから、気になって見つめていたら『東さん、ごめんね』って言いながら泣いて。  それを見て、胸の奥がざわついてムカムカとし、気付いたら部屋を後にしていた。  なんだかんだで、あのクソ野郎をまだ大切に思ってるんじゃないか?  口では『全然平気』みたいなことを言ってるくせして、きっとまだ心の内には元彼がいるのだ。  それが無性に腹が立った。  どうしてかって?  ……さぁ、どうしてでしょう。  それにしても、エッグマフィンはうまい。塩気の多いパンにブラックコーヒーがよく合う。  秒で食い終わったので、スマホを見て時間を潰すことにした。  写真アプリを開いて、昨日のヘアカラー後に撮った優太さんの写真を見返してみた。  さっきの店員といい勝負なくらいの眩しい笑顔だ。  例えばプレゼントとして唐突に10万円を貰えたとしてもここまで会心の笑みは出来るだろうか。嬉しくてたまらない、その気持ちが溢れ出ているし、何よりも桜色ヘアーがよく似合っている。  くそ、まさかこんなにも似合うだなんて。  ピンク色にしたいと言ってきた時、俺は直感で『たぶん似合わないな』と思った。だからわざとピンクに染めてもらえるようにゴリ押ししたのだ。  結果、変になるどころかめちゃくちゃ似合ってるし、しかもあんな風に感謝されてしまい……俺のお陰だと。  (にしてもやっぱ、可愛いよな)  頬杖を付きながら、何枚もある優太さんの顔写真をスワイプして見比べた。  幼さの残る顔立ちに、細い首と陶器のような白い肌。  拡大させて、耳の形をじっくり見てみる。  少し尖った耳だ。ピアス穴が2、3こあいている。  へぇ、優太さんってピアスするんだー…… 「何をしてんだ俺は?」  さすがに自分がキモくなって、慌てて数枚ある写真を消去していく。  最後の1枚もゴミ箱へ入れようとしたが、指が止まった。  せっかくだから1枚くらいは残しとこうか? いや、何のせっかくだ。あ、そうだ、あの2人にも見せてやる為に必要だろう。  、1枚残した。  今度はその写真の優太さんの口元を拡大させた。  ぽってりとした、その唇。  俺は夜中、何を血迷ったか、この唇と唇を合わせた。  優太さんが眠りに付いてから、たぶん1時間後くらいに俺も眠り始めた。  だがやはり、背中が痛くなって何度か起きてしまった。  浅い眠りを繰り返して、結局眠るのを諦めて起きていたら、優太さんが『ふふっ』と笑ったんだ。それは寝言っぽいっていうのはすぐに分かったから、また何か言わないかなって、ベッドに近付いて優太さんを見下ろした。  規則正しく上下する胸と、長いまつ毛、半開きになった唇。  赤ん坊のように、無防備な姿をさらけ出していた。  優太さんは男女どちらともセックスできるってことだよな。  男と女じゃ体の仕組みが違うのに、この人はどうやってしてんだろ。キスももちろん、経験済みだよな──  その時の俺はたぶん、そんなことを考えていたに違いない。  気付けば俺は、眠りの森の美女の王子よろしく、キスをしていた。  深いものじゃなく、ほんの少し触れるだけ。  男とのキスなんてふざけてもしたくない派だが、不思議とこの人とのキスは全然嫌じゃなかった。  ……なのに優太さんは、うんうんと唸り始めて、しまいには『東さん』って。  バカな優太さんだ。  俺は絶対変なことしないって信じきっちゃって。結局、変なことされてんじゃねぇか。  酒弱いくせに。無防備過ぎるし、隙がありすぎる。  だから俺はバカな優太さんがムカついて、気になって、目を離したくなくなる。

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