19 / 84
第19話 せっかくだから残しとこう side十夜
-side十夜-
「お待たせしましたー! エッグマフィンのセットでーす! ごゆっくりどうぞー!」
AM5:00から元気だな。
こちらが照れてしまうくらいの眩しい笑顔を振りまかれた俺は、小さく頷いてトレイを受け取り2階へ上がる。
ここは昨日も優太さんと訪れたチェーン店のハンバーガーショップだ。
始発まであと30分はある。
電車がまだ動いていないとは盲点だった。
よく考えずに出てきてしまった。
いや、そもそも優太さんのせいだ。
俺がとあることをしたらうなされ始めたから、気になって見つめていたら『東さん、ごめんね』って言いながら泣いて。
それを見て、胸の奥がざわついてムカムカとし、気付いたら部屋を後にしていた。
なんだかんだで、あのクソ野郎をまだ大切に思ってるんじゃないか?
口では『全然平気』みたいなことを言ってるくせして、きっとまだ心の内には元彼がいるのだ。
それが無性に腹が立った。
どうしてかって?
……さぁ、どうしてでしょう。
それにしても、エッグマフィンはうまい。塩気の多いパンにブラックコーヒーがよく合う。
秒で食い終わったので、スマホを見て時間を潰すことにした。
写真アプリを開いて、昨日のヘアカラー後に撮った優太さんの写真を見返してみた。
さっきの店員といい勝負なくらいの眩しい笑顔だ。
例えばプレゼントとして唐突に10万円を貰えたとしてもここまで会心の笑みは出来るだろうか。嬉しくてたまらない、その気持ちが溢れ出ているし、何よりも桜色ヘアーがよく似合っている。
くそ、まさかこんなにも似合うだなんて。
ピンク色にしたいと言ってきた時、俺は直感で『たぶん似合わないな』と思った。だからわざとピンクに染めてもらえるようにゴリ押ししたのだ。
結果、変になるどころかめちゃくちゃ似合ってるし、しかもあんな風に感謝されてしまい……俺のお陰だと。
(にしてもやっぱ、可愛いよな)
頬杖を付きながら、何枚もある優太さんの顔写真をスワイプして見比べた。
幼さの残る顔立ちに、細い首と陶器のような白い肌。
拡大させて、耳の形をじっくり見てみる。
少し尖った耳だ。ピアス穴が2、3こあいている。
へぇ、優太さんってピアスするんだー……
「何をしてんだ俺は?」
さすがに自分がキモくなって、慌てて数枚ある写真を消去していく。
最後の1枚もゴミ箱へ入れようとしたが、指が止まった。
せっかくだから1枚くらいは残しとこうか? いや、何のせっかくだ。あ、そうだ、あの2人にも見せてやる為に必要だろう。
そういう理由で、1枚残した。
今度はその写真の優太さんの口元を拡大させた。
ぽってりとした、その唇。
俺は夜中、何を血迷ったか、この唇と唇を合わせた。
優太さんが眠りに付いてから、たぶん1時間後くらいに俺も眠り始めた。
だがやはり、背中が痛くなって何度か起きてしまった。
浅い眠りを繰り返して、結局眠るのを諦めて起きていたら、優太さんが『ふふっ』と笑ったんだ。それは寝言っぽいっていうのはすぐに分かったから、また何か言わないかなって、ベッドに近付いて優太さんを見下ろした。
規則正しく上下する胸と、長いまつ毛、半開きになった唇。
赤ん坊のように、無防備な姿をさらけ出していた。
優太さんは男女どちらともセックスできるってことだよな。
男と女じゃ体の仕組みが違うのに、この人はどうやってしてんだろ。キスももちろん、経験済みだよな──
その時の俺はたぶん、そんなことを考えていたに違いない。
気付けば俺は、眠りの森の美女の王子よろしく、キスをしていた。
深いものじゃなく、ほんの少し触れるだけ。
男とのキスなんてふざけてもしたくない派だが、不思議とこの人とのキスは全然嫌じゃなかった。
……なのに優太さんは、うんうんと唸り始めて、しまいには『東さん』って。
バカな優太さんだ。
俺は絶対変なことしないって信じきっちゃって。結局、変なことされてんじゃねぇか。
酒弱いくせに。無防備過ぎるし、隙がありすぎる。
だから俺はバカな優太さんがムカついて、気になって、目を離したくなくなる。
ともだちにシェアしよう!