23 / 84
第23話 ノンケに恋しちゃダメなのよ
「野中さんは、恋人はいるんですか?」
「いいえ、もう何年もいませんね」
「へぇー」
野中さんの恋愛遍歴が気になるけど、グイグイ追求したらウザイ奴だよなぁ。
だが気になるオーラが隠せていなかったのか、野中さん自ら喋りだした。
「僕は若い頃、節操がなくてずいぶんと遊んでいたんですけど」
「えっ……」
良い大人のお手本みたいな人なのに、意外な一面を知って面食らう。
「はっきりと恋人だと言えた人は、1人だけでしたね。それから長い間恋人を作っていないので、人を好きになるというのがどんなものだったのか、忘れてしまったようです」
そう言いながら自分のコーヒーを持ってカウンターから出てきて、俺の隣に座った。
「恋人は、ノンケでした」
野中さんはふと、シャツの中に手をやって、していたネックレスを出した。それは銀色のチェーンに、銀色のプレート状のトップ。
「これは?」
「かつての恋人が、僕にくれた物です」
手のひらに乗せられたので、プレートを摘んで裏返してみると、小さく【D to T】と文字が刻んであるのが見えた。
「Tって、野中さんの名前?」
「はい、智洋 と言います。相手の名前は秘密です」
常にオープンに見せかけて、変なところで秘密主義だ。
「どうして別れちゃったんですか?」
「彼がノンケだったからです」
やっぱり……。
だからノンケの人とは付き合っちゃいけないんだ。普通の生活を送れる人間と付き合っちゃったら、その人の普通の幸せや未来を奪っちゃうことになるから。
「大学の先輩でした。彼と一緒にいる時は嫌なことも忘れられて、まるで夢の世界にいるようでした。けれどふと冷静になると、得体の知れない不安が押し寄せてくるんです。この人は自分とは違うのに、幸せなのだろうか、と。そんな時に、彼が子供を欲しがっていることが分かったので、僕の方から振りました。僕と付き合っていても、その願望が叶うことはありませんから」
そう自嘲気味に笑って、ネックレスを首にかけて服の中に仕舞った。
「そうでしたか……。なんか悲しいですね。せっかく好きになったのに」
「こればかりはどうしようもありませんからね」
野中さんは、大学在学中に彼と付き合っていて、一緒にカフェ巡りをするのが日課だったらしく、『将来、2人で店を持てたらいいよな』と話していたのだという。
だがその夢は叶わず、破局。
別れた後はカフェから離れ、家庭用配置薬の販売会社に就職したが2年で辞めた。見た目よりもハードな営業の仕事が嫌になったのだと。
その後、親や祖父母から援助をしてもらったり、借金をしながらも、思い切って昔から夢でもあった喫茶店をオープンさせたらしい。
ネックレスを未だに付けているのは未練からではなく、単純に物が気に入っているだけだと言い張ったが……本音は違うような気がした。
「俺みたいに、アプリとかでパートナーを探したりはしないんですか?」
「そういうのは苦手で。僕と同じ性癖の人に自然と出会えたらいいのだけど……」
チラッと含み笑いしながら見られたので「えっ」となる。
「もしや、俺のことを狙ってますか?」
「ふふ、いいえ。優太くんは素直でいい子そうだし好きですけど、恋愛対象にはならないかな。それに僕は……」
耳元で「タチじゃないので」と小さく言われてますます照れてしまう。
クスクスと笑う野中さんは案外、茶目っ気な部分もあるようだ。
ともだちにシェアしよう!