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第23話 ノンケに恋しちゃダメなのよ

「野中さんは、恋人はいるんですか?」 「いいえ、もう何年もいませんね」 「へぇー」  野中さんの恋愛遍歴が気になるけど、グイグイ追求したらウザイ奴だよなぁ。  だが気になるオーラが隠せていなかったのか、野中さん自ら喋りだした。 「僕は若い頃、節操がなくてずいぶんと遊んでいたんですけど」 「えっ……」  良い大人のお手本みたいな人なのに、意外な一面を知って面食らう。 「はっきりと恋人だと言えた人は、1人だけでしたね。それから長い間恋人を作っていないので、人を好きになるというのがどんなものだったのか、忘れてしまったようです」  そう言いながら自分のコーヒーを持ってカウンターから出てきて、俺の隣に座った。 「恋人は、ノンケでした」  野中さんはふと、シャツの中に手をやって、していたネックレスを出した。それは銀色のチェーンに、銀色のプレート状のトップ。   「これは?」 「かつての恋人が、僕にくれた物です」  手のひらに乗せられたので、プレートを摘んで裏返してみると、小さく【D to T】と文字が刻んであるのが見えた。 「Tって、野中さんの名前?」 「はい、智洋(ともひろ)と言います。相手の名前は秘密です」  常にオープンに見せかけて、変なところで秘密主義だ。 「どうして別れちゃったんですか?」 「彼がノンケだったからです」  やっぱり……。  だからノンケの人とは付き合っちゃいけないんだ。普通の生活を送れる人間と付き合っちゃったら、その人の普通の幸せや未来を奪っちゃうことになるから。 「大学の先輩でした。彼と一緒にいる時は嫌なことも忘れられて、まるで夢の世界にいるようでした。けれどふと冷静になると、得体の知れない不安が押し寄せてくるんです。この人は自分とは違うのに、幸せなのだろうか、と。そんな時に、彼が子供を欲しがっていることが分かったので、僕の方から振りました。僕と付き合っていても、その願望が叶うことはありませんから」  そう自嘲気味に笑って、ネックレスを首にかけて服の中に仕舞った。 「そうでしたか……。なんか悲しいですね。せっかく好きになったのに」 「こればかりはどうしようもありませんからね」  野中さんは、大学在学中に彼と付き合っていて、一緒にカフェ巡りをするのが日課だったらしく、『将来、2人で店を持てたらいいよな』と話していたのだという。  だがその夢は叶わず、破局。  別れた後はカフェから離れ、家庭用配置薬の販売会社に就職したが2年で辞めた。見た目よりもハードな営業の仕事が嫌になったのだと。  その後、親や祖父母から援助をしてもらったり、借金をしながらも、思い切って昔から夢でもあった喫茶店をオープンさせたらしい。  ネックレスを未だに付けているのは未練からではなく、単純に物が気に入っているだけだと言い張ったが……本音は違うような気がした。 「俺みたいに、アプリとかでパートナーを探したりはしないんですか?」 「そういうのは苦手で。僕と同じ性癖の人に自然と出会えたらいいのだけど……」  チラッと含み笑いしながら見られたので「えっ」となる。 「もしや、俺のことを狙ってますか?」 「ふふ、いいえ。優太くんは素直でいい子そうだし好きですけど、恋愛対象にはならないかな。それに僕は……」  耳元で「タチじゃないので」と小さく言われてますます照れてしまう。  クスクスと笑う野中さんは案外、茶目っ気な部分もあるようだ。

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