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第26話 酒は飲んでも飲まれるな
「あーっ……俺ちょっと酔っぱらっちゃったかもー」
優太さんはトロンとした表情で、頭は弧を描いている。
あれから3杯飲んだから、酔いはかなり回ってるはずだ。
「じゃあそろそろ帰ろっか」
そう促すのに、優太さんは机に横向きに突っ伏して、えへへーと笑いながら目を閉じている。
俺の中の可愛いポイント加算に繋がったが気を持ち直し、無理やり立たせてレジへ向かった。
「お会計は3550円です」
店員に言われ、俺はタコのようにふにゃふにゃと動く隣の男の腕を揺さぶる。
「優太さん、会計だって。どうする、割り勘?」
「十夜、社会人なんだから奢ってよぉー」
俺は高校生だ、甘えるんじゃねぇ。
言いたい気持ちを堪えながら、優太さんの背負っているリュックを開けた。
「財布はこの中?」
「ううん違うよー」
信用ならないので中を漁るが、本当に入っていないので、仕方なく自分の財布を開けた。
まずい。一先ず俺が支払おうと思ったがギリ足りねぇ。
優太さんのズボンの横ポケットを上から撫でるが、何も入ってない。
尻ポケットの方を触ると少し膨らみがあったので、中に手を突っ込んで財布を出そうと引っ張った。
「きゃー、十夜のエッチ!」
「うるせぇな! 財布、あけるからな」
いつも以上に幼くなった優太さんにドキドキしながら2つ折りの財布をあけ、中から1000円札2枚を出した。
酒飲んだのは優太さんだから、きっちり割り勘じゃなくてもいいだろう。
どうにか支払いを済ませて店を出ると、湿気を孕んだ生ぬるい空気が肌に絡んでベタついた。
一雨来そうな天気だ。
まぁ丁度いい。野宿ついでに雨に降られて風邪を引け。
真冬じゃないだけありがたいと思いやがれ。
「十夜待って、ゆっくり歩いてー」
足取りがおぼつかない優太さんは、歩き始めの赤ん坊のように俺の服の裾をギュッと掴んできた。
俺はその手を服から外し、優太さんの手を握り込む。
「え、十夜……?」
「シワになるから服掴むなよ」
え? だから手を繋ぐの?
顔を見合わせた俺たちは、互いにたぶんそんな感想だった。
いやいやおかしい。
服がシワになるから手を繋げという論理。
恥ずかしくなって手を離そうとするが、優太さんはニコッと笑って指を絡ませてきた。
「十夜の手は、おっきくてあったかいねぇ」
く、そ。可愛いな。
まぁどうでもいいや、この人はどうせ酔ってるんだから、こんなこと覚えてないだろう。
手を繋いだまま、リサーチしてあった近くの児童公園へやってきた。
外灯が数メートルおきにあるが、全体的に薄暗い。
ベンチに2人で雀のように並んで座り、俺は虚ろな目をしている優太さんを覗き込む。
「ここで一休みしていこうか。優太さん、待ってて。俺、水とか買ってきてあげるから」
「えぇーいいの? 十夜は本当に優しいねぇ」
すっかり俺を信用しきっている優太さんの笑顔を見ると、良心が全く痛まない訳じゃないが。
ここで待ってて、ともう一度念を押し、その場を離れた。
小さくなっていく俺の背中に、優太さんは呑気に手を振っている。
公園から出て、優太さんを建物の隅から観察してみた。
大きな欠伸をして、目を擦っている。この前もすぐに寝入っていたから、アルコールが入ると眠たくなるんだろう。
そのまま20分ほど観察していたが、優太さんは眠気と戦いながらも待っていた。
だがもう限界だと思ったのか、ふとベンチに横たわって目を閉じ、動かなくなった。
それを見て、フツフツと笑いが込み上げてくる。
ふっ。そのまま朝まで寝てやがれ。
俺は優太さんを放置したまま、駅の方へ歩き出した。
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