26 / 84

第26話 酒は飲んでも飲まれるな

「あーっ……俺ちょっと酔っぱらっちゃったかもー」  優太さんはトロンとした表情で、頭は弧を描いている。  あれから3杯飲んだから、酔いはかなり回ってるはずだ。 「じゃあそろそろ帰ろっか」  そう促すのに、優太さんは机に横向きに突っ伏して、えへへーと笑いながら目を閉じている。  俺の中の可愛いポイント加算に繋がったが気を持ち直し、無理やり立たせてレジへ向かった。 「お会計は3550円です」  店員に言われ、俺はタコのようにふにゃふにゃと動く隣の男の腕を揺さぶる。 「優太さん、会計だって。どうする、割り勘?」 「十夜、社会人なんだから奢ってよぉー」  俺は高校生だ、甘えるんじゃねぇ。  言いたい気持ちを堪えながら、優太さんの背負っているリュックを開けた。 「財布はこの中?」 「ううん違うよー」  信用ならないので中を漁るが、本当に入っていないので、仕方なく自分の財布を開けた。  まずい。一先ず俺が支払おうと思ったがギリ足りねぇ。  優太さんのズボンの横ポケットを上から撫でるが、何も入ってない。  尻ポケットの方を触ると少し膨らみがあったので、中に手を突っ込んで財布を出そうと引っ張った。 「きゃー、十夜のエッチ!」 「うるせぇな! 財布、あけるからな」  いつも以上に幼くなった優太さんにドキドキしながら2つ折りの財布をあけ、中から1000円札2枚を出した。  酒飲んだのは優太さんだから、きっちり割り勘じゃなくてもいいだろう。  どうにか支払いを済ませて店を出ると、湿気を孕んだ生ぬるい空気が肌に絡んでベタついた。  一雨来そうな天気だ。  まぁ丁度いい。野宿ついでに雨に降られて風邪を引け。  真冬じゃないだけありがたいと思いやがれ。 「十夜待って、ゆっくり歩いてー」  足取りがおぼつかない優太さんは、歩き始めの赤ん坊のように俺の服の裾をギュッと掴んできた。    俺はその手を服から外し、優太さんの手を握り込む。 「え、十夜……?」 「シワになるから服掴むなよ」  え? だから手を繋ぐの?  顔を見合わせた俺たちは、互いにたぶんそんな感想だった。  いやいやおかしい。  服がシワになるから手を繋げという論理。  恥ずかしくなって手を離そうとするが、優太さんはニコッと笑って指を絡ませてきた。 「十夜の手は、おっきくてあったかいねぇ」  く、そ。可愛いな。  まぁどうでもいいや、この人はどうせ酔ってるんだから、こんなこと覚えてないだろう。  手を繋いだまま、リサーチしてあった近くの児童公園へやってきた。  外灯が数メートルおきにあるが、全体的に薄暗い。  ベンチに2人で雀のように並んで座り、俺は虚ろな目をしている優太さんを覗き込む。 「ここで一休みしていこうか。優太さん、待ってて。俺、水とか買ってきてあげるから」 「えぇーいいの? 十夜は本当に優しいねぇ」  すっかり俺を信用しきっている優太さんの笑顔を見ると、良心が全く痛まない訳じゃないが。  ここで待ってて、ともう一度念を押し、その場を離れた。  小さくなっていく俺の背中に、優太さんは呑気に手を振っている。  公園から出て、優太さんを建物の隅から観察してみた。  大きな欠伸をして、目を擦っている。この前もすぐに寝入っていたから、アルコールが入ると眠たくなるんだろう。  そのまま20分ほど観察していたが、優太さんは眠気と戦いながらも待っていた。  だがもう限界だと思ったのか、ふとベンチに横たわって目を閉じ、動かなくなった。  それを見て、フツフツと笑いが込み上げてくる。  ふっ。そのまま朝まで寝てやがれ。  俺は優太さんを放置したまま、駅の方へ歩き出した。

ともだちにシェアしよう!