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第27話 息を吸うように嘘を吐く
駅へ歩き出したはずなのに、1時間後、なぜか俺の足は勝手に公園に戻ってきていた。
またこっそりと覗くと、優太さんは全く同じ体勢でベンチに寝転がっていた。どうやら誰にも気付かれず、平和に寝ていたようだ。
(や、やっぱり今日のところはこれくらいで許してやるかな)
雨に長時間打たれて、肺炎になられても困るし。
俺が起こして叱ってやれば、さすがのバカ優太さんも自分が能天気だって自覚するんじゃないか。
よし、起こしてやるか。
そう決意した時、ふと向こうからスーツを着た40代手前くらいの男性が、優太さんへ近付いていくのが見えた。
ベンチの前に立ち止まった男は、すっかり寝込んでいる優太さんを心配そうに見下ろしている。
「大丈夫ですか?」
体を揺すられた優太さんは、パチッと瞼を持ち上げて起き上がった。
「あ、あれー? 俺寝ちゃってた……」
「こんなところで寝ていたら、風邪引きますよ」
子供を相手する父親のように、その人は優しく笑っていた。
優太さんは男を見上げて、不思議そうに問う。
「あなたは?」
「僕は通りすがりのサラリーマンです。心配なので声を掛けました」
「へぇー……十夜は?」
急に自分の名前を出されてギョッとするが、俺は2人の会話に耳を傾けた。
「トウヤさんというのは、お連れの人かな?」
「はい。ここで待っててって言われたんです。だから待ってるんです」
「近くに人はいないみたいだけど。先に帰ったんじゃないのかい?」
「ううん、十夜は待っててって言ったから、ここで待ってます。水を買ってきてくれるって」
あぁー。
そういえばあの人は、いくらでも待てる人だった。
俺が戻ってくると信じて疑わず、待つ時間が少しも無駄だとも感じず、相手が現れるまで諦めないお人好しだった。
「そう。じゃあコンビニにでも行ったのかな? 良かったら僕と一緒に、その人を探しにいく?」
馬鹿だなぁと思っていた時、男は思いもよらぬ提案をした。
もしかしたら、交番に優太さんを連れていこうとしているのかも。親切な人だ。
「え、いいんですかー? やったー」
優太さんはピョンとうさぎのように跳ね起き、俺がいる反対側の出口へ向かっている。
待て待て。俺はここにいるから。
男は千鳥足の優太さんのリュックを掴んで体を支えているようだった。
だがその手が徐々に下へと降りていき、ズボンの後ろポケットの所で止まった。
優太さんは反動でビクッと肩を跳ねさせたのが遠目からでも分かったが、少しの間を置いて笑い始めた。
「尻触られたぁ」
俺は「は?」と口を歪める。
何とも言えない心地悪さを感じながら見つめていると、男はふっと笑みを浮かべ、優太さんのポケットの財布の端っこを掴んでいた。
「ごめんごめん。虫がいたから取ってあげてるんだよ」
──あ? なんだアレ。
優太さんは、笑いながらフラフラと歩き続けている。
俺は駆け足で男に近づいた。
気配を感じた男はバッと振り返ったので、そのからだ目掛けて飛び蹴りをしてやった。
すっ飛ばされた男はぬかるんだ地面にズサーッと転がり、綺麗なスーツが泥まみれになる。
無惨な姿になった男は体をブルブル震わせながら、化け物を見るような目をして俺を見上げてきた。
「なっ、何をするんだいきなり!」
「お前こそ何してんだ。いま財布スッたろ」
「そんなことはしてない! デタラメを言うのはやめてくれ!」
すげー、俺が見てたのに認めない精神。
良い人そうに見えたのに残念だなぁ。
俺は落ちていた優太さんの2つ折りの財布を拾い上げ、尻もちをついている男の顔の前に持ってきた。
「これ何?」
「し、知らない!」
「あんたがこの人から盗ったから落ちてんだろ」
「違う! ポケットから勝手に落ちたんだ!」
すげー、息を吐くようにさらりと嘘が並べられる精神。
変に関心しつつ、今度は自分のスマホを男に見せた。
「んじゃ警察行こ。俺、あんたが何してたのか全部動画に撮ったから」
ケラケラと笑ってやると、男は面白いほどに取り乱し、顔面真っ青になっていった。
ホントは動画なんて撮ってないけど。
男はすっかり狼狽えている。
早いとこ警察呼ぶか。
逃げられぬよう、男の襟元をしっかりと掴んでいたが、それを引き剥がしてきたのは優太さんだった。
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