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第28話 感謝はするけど暴力反対
「十夜、暴力はダメだよー」
涙目になっている優太さんを見てムカムカした。
財布スられそうになっといて何言ってんだ。
「今そんなこと言ってる場合か。離してよ」
「だったらそっちがその手を離してよ。そんなふうに乱暴はしちゃダメだよ~」
まだ酔ってんだか素面なんだか分からない口調ですがりつかれて、さらにムカムカしてくる。
俺はため息を吐き、男の胸ぐらを掴んでいた手を離して諭すように優太さんに真正面から向き合った。
「あのねぇ優太さん。こいつに何されたのかちゃんと分かってんの?」
「十夜こそ、何したのか分かってる? 飛び蹴りはやり過ぎだよ」
確かに可哀想だったかなとは今更気付いたけど。
今はそんなことは重要じゃない。
そう言っているのに、優太さんは納得いかないようで、しきりに「この人に謝ってよ」とか「骨とか折れてたらどうするの?」などと男の心配ばかりしているので、俺の心の鍋の湯は徐々に温度が上がっていく。
「んだよ。じゃあ優太さんのこと助けなきゃ良かったのかよ」
「そういうことじゃなくて……って、あれ? あの人は?」
ハッとして振り向くと、すぐそばに置いといたはずの男の姿がなかった。
まるで初めから俺たち2人きりだったかのように、忽然と姿が消えている。
辛うじて痕跡をとどめているのは、泥の上を滑った男の身体の跡。
……俺の鍋はいま沸点を超えました。
「逃げられてんじゃん!」
「ごめん」
「まだ近くにいるだろ、追いかけるぞ」
「いいよもう。やめようよ」
駆け出そうとした俺を冷静な声が引き止めた。
スられた張本人はケロッとしていて、どうして無関係の俺がこんなに必死になってんだっ。
馬鹿らしくなって、ぐしゃぐしゃと前髪をかきあげた。
「なんでそんなに冷静なんだよ。あーあ。誰かさんのせいで、犯罪者を1人野放しにしちまったぁ」
わざと意地悪く言うと、優太さんは唇を尖らせムッとした。
「あの人、財布を盗ろうとしてたんじゃないと思うよ。そんな人には見えなかったし、もしそういう目的だったら、俺を起こしたりしないと思うし……」
そう言われ、冷水を浴びせられたような気分になった。
そういえばそうだ。
優太さんは寝ていたのだから、その間に盗ろうとすればいくらでも出来たわけだ。
もし俺だったら起こして盗むなんて、わざわざリスクが高くなるような方法を選ばないと思う。
もしかして『虫がいたから取ってあげてる』は本当だったのでは……? 俺が単に早とちりしたのでは……?
しかし俺は頑として認めなかった。
あの手つきはどうしても不自然だったように見えたし、飛び蹴りもしてしまった手前、後には引けなく、意地もあった。
「だったらどうして逃げてんだよ。正直にやってないって言えばいいのに」
「言っても信じてもらえないって思ったから逃げたんだよ。だって十夜、ちょっと怖いし……」
「もういい。帰ろ」
「えっ……」
言いたいことは山ほどあったが、こんなところで言い争ってても仕方ない。
俺は勝手に優太さんの家の方へずんずんと大股で歩いた。
優太さんは小走りで俺の横については離され、ついては離されを繰り返している。
「手は、繋がないの?」
なんだ、覚えてんのかよ。
俺の服をギュッと掴みながら見上げる優太さんの手を、今度は繋げなかった。
俺の頭の中は今、優太さんがアイツに尻を触られた時の情景が鮮明に描かれていて、ループしていた。
俺、大丈夫かな。
家に着いたら、優太さんに変なこと言わないかな。
冷静になれよ、と感情を司る脳に言い聞かせながら、真っ直ぐ前だけを見つめていた。
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