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第29話 正直者が損をする? side優太

 -side優太-  家に着く頃には、もう日付けが変わっていた。  十夜を部屋に上げたけれど。  何を考えているのか分からない。けれど穏やかじゃないっていうことだけは分かる。  ベッドに腰掛けた彼はため息を吐いたり、唇を噛んだりしている。  たぶん、俺に対して怒ってるのだろう。  俺があの男の人をわざと逃がしたことに、気付いたのだろうか。  けれど、あれしか方法がなかった。  あの人の左薬指には指輪が嵌っていた。  冤罪だと証明できなければ、あの人の今後の人生は台無しだ。  それはあまりにも可哀想だし、そうなったら俺も耐えられない。  言ったところで、十夜は納得してくれないんだろうな。  だから俺も、何も言えずにただ十夜の隣に大人しく座ることしかできないでいる。  どうしよう……気まずいゾ。  何か話題を振らないと。  かすかに酔いが残る頭で必死に考えた。 「十夜、どこまで水買いに行ってたの?」  長い沈黙のあとでそう問えば、少しの間を置いて低い声で返された。 「まぁ、それは、色々とあって」 「もしかして、俺をあそこに置いていこうとした?」  十夜はビクッと肩を跳ねさせたので悟った。  正直、ショックだった。  どうしてあんな所に俺を置いていったのだろう。  飲んでいる最中、何か気に触るようなことをしたのだろうか。  色々と考えてみるが一向に分からず、かといって目の前の十夜に問いただす勇気もなく、また沈黙が落ちた。  悲しいな。  いやだな、十夜にもし、邪険にされていたら。  そんな不安な気持ちを払拭させるためにも、俺は努めて明るい声を出した。   「なんで黙ってんのー? 俺を置いてくなんて十夜がするわけないじゃん。時間は掛かったけど、ちゃんと戻ってきてくれたんだし」  俺には言えないけど、何か事情があったんだよねーと言えば、十夜は笑ってくれる……と思ったのに、現実は違くて。  伏せていた目を俺に合わせた十夜は、無表情だった。 「それ、さっきも言ってたね。『あの人が財布を盗むなんてするわけない』って。どこをどう見てそう思ったの?」 「え? だって、声とか目がすごく優しかったし、寝てた俺をわざわざ起こしてくれたし」  十夜はますます厳しい目を俺に向けてくる。  え? 俺、なんか変なこと言ってる?  何が間違ってるのか分からなくて、笑いながらも額と背中にはびっしょりと汗をかいていた。 「だから信用して、アイツに謝れって言ってきたわけ?」 「……信用してっていうか」  言葉がうまく見つからなくて俯いてしまう。  十夜はどうして俺を責めるんだろう。 「優太さんってすぐ人を信じるよね。疑うってこと知らないの?」 「な、何? 十夜は『人を信じるな』ってことを言いたいの?」 「優太さんは隙があり過ぎるんだよ。だから付け込まれる」 「何それ?」  俺のどこに隙があるんだっ。  人格を否定されている気分になったのでムッとなって言い返した。 「十夜、俺とあの人のこと初めから見てたんでしょ? 十夜は最初からあの人のことを疑ってたの? 本当は十夜も、最初は『良い人だな』って思ったんじゃないの?」  十夜は口をへの字に曲げたので、たぶん図星だ。 「ほらほらー! だったらそんな偉そうに俺に説教しないでよ! だからこの話はもう終わりにして……」  その瞬間、俺の唇に生暖かいものが触れた。  それは十夜の唇なのだと、理解するまでに時間がかかってしまった。  ゆっくりと離れていった十夜の顔を見て、俺は目を白黒とさせる。 「えっ、き、キ、キス……?!」 「悪いけど、初めてしたんじゃないから」 「えっ」 「この間優太さんが寝てる間にもした」  したり顔で言われ、ふつふつと羞恥心が湧いてくる。  こ、この男は一体、何をおっしゃっているのでしょうか……?

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