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第30話 正直者は得をする?

「どうして俺に、そんな、き、キス、なんて」  言いながらも答えは分かっているので、俺は身構えた。  何にって?  それはひとつしかない、これからされるであろう告白にだ。  十夜はきっと俺が好きなのだ。だからキスをした。  寝ている時にこっそりするだなんて、見かけによらず可愛らしい一面もあるじゃないか。  ノンケと付き合う予定は全く無いが、十夜が俺との恋を望むのだったら、考えてもいい。  決して表情には出さぬよう、心の中だけで思い切りニヤニヤとした。 「俺に襲われたらどうすんのって訊いた時、十夜はそんなことする訳ないって言ったから」  ……?  あれ、予想してたのとは違うぞ。  確かに俺はこの間、この人にそんなことを言ったが。  だから、キスしたと? 「信用しきってたんだろ? 俺はノーマルだから、自分に変なことをする訳無いって」  鼻で笑われたので、頭に血が上る。  な、なるほど! 人を簡単に信じた結果がこれですよと言いたいのか! それを身を持って教えてくれた訳だ!  イコール、俺は単純バカですねと言われているようなものだ。  自惚れてしまった自分に耐えきれず、ぎゃあぁと叫びたくなってしまう。  ヤケになった俺は上半身をベッドに沈みこませて大の字になった。 「あー、そうですかっ。じゃあそんな狼な十夜を部屋に上げちゃった俺は大バカ野郎のとんでもないクズですねー!」 「そこまでは言ってないけど」  俺は笑いながら、ふんっと唇を尖らせてそっぽを向く。  ──なんだ。十夜は俺を好きじゃないのか。  そう考えると、胸にポッカリと穴が空いたような気分になって、じわぁっと涙が滲んできてしまったので、慌てて口をふぁぁと開けてあくびのフリをした。  十夜は寝転がる自分を見下ろしていたが、決して目は合わせなかった。 「……分かったよ十夜。俺、ちゃんと人を見極める力をつけるからさ」  湿っぽくならないように言いながら、腕でこっそり涙を拭う。  じゃあ、十夜のことは信用したらいけないのか?  あんな風に東さんに言い返してくれて、俺らしく生きろって言ってくれたあの日の十夜は、どこからどう見ても優しくて信頼のおけるいい男なのに。  腕を退かすと、徐々に十夜の頭が降りてくるのが分かったので、反射的に目を閉じた。  バクバクと早鐘を打つ心臓。  震える睫毛。  十夜とキスを交わす。  今度はさっきよりも長いキスだ。  (……ん? ていうか、なんでまたしてんの?) 「ちょ、ちょっと、何してんの」 「嫌なの? 俺とすんの」  十夜は分かりやすく不貞腐れている。  俺の頭はさっきからハテナマークでいっぱいだ。  十夜は嫌じゃないってこと?  で、嫌じゃないから、俺とキスするの?  そんなことを言われたら、また自惚れてしまう。  俺は好きだよ、十夜とのキス。  テレパシー能力は無いのに、その澄み切った瞳に語りかけてみるが、実際は1ミリも伝わっていないようで。 「いいじゃん。減るもんじゃないし」  十夜はいたずらっ子のような笑みをして的外れなことを言ったので、ぽかんと見つめ返すしかなかった。  ──別に、誰でもいいんだよね、俺は。  そんな気持ちが、その微笑みの奥に透けて見えるような気がしたのだ。

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