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第37話 倒した椅子は直しましょう
「じゃあ、すでに恋人が?」
「優太くんには言いましたが、僕は長いこと恋人がいなくて、人を好きになるとはどんなものなのか忘れてしまったようなんです。仕事が軌道に乗ってきたし、もうこのまま1人でもいいかなという考えもあって」
「へぇ。てっきり、そのネックレスは恋人とのペアなのかなって思ったんですけど」
首元に見え隠れしている銀色のチェーンを指さすと、関心したような目で見つめ返された。
「そういう所はよく見てるんですね」
「俺もそういうの好きだから」
「そうですか。これは、かつての恋人からもらったものです」
それを外してくれたので見せてもらうと、銀色のトップには【D to T】と文字が刻んであった。
Tは野中さんの名前で智洋らしいけど、相手の名前はなぜか教えてくれないので、気になって当てずっぽうで言ってみた。
「ダイスケ? ダイゴ?」
「いいえ。たぶん、当たらないと思いますよ」
てことは外人?
Dから始まる名前って、どんなのがあんだろ。
真剣に考えていると、ふっと噴き出された。
「分かりましたよ。正解は、ダイヤモンドです」
「ダイヤモンドさん? 珍しい名前ですね」
「いいえ、名前じゃなくて、『自分がダイヤモンドと同じくらいに光り輝いている』と思い込んでいた恋人がそう掘ったのです」
「……なんか面白いですね」
そしてヤバくて変な人だ。
ダイヤモンドから智洋へ、か。
そんな変人野郎と付き合ってた野中さんも、結構変わってると思う。
「十夜くん。自分とは違う性癖を持つ人とお付き合いしようとするのは、やめておいた方がいいと思いますよ」
クスクスと笑いながら、野中さんはネックレスを仕舞いながら言った。
俺はまたカッと目を見開き、再び立ち上がって椅子を後ろへぶっ倒す。ガターン!と耳障りな音が店中に響いた。
「な、何言ってるんすか?! 俺がいつあんな能天気野郎と付き合おうか考えてるだなんて言いました?! 付き合うわけないじゃないですか!」
「あぁ、それは失礼。とりあえず椅子を倒すのはやめようか。注目されちゃうからね」
「…………」
我にかえった俺はまた、顔を火照らせながら椅子を元に戻して、1人で悶々とする。
やがてひとつの仮説が降りてきた。
「もしかして、優太さん何か言ってました?」
「言っても傷つきませんか?」
「……たぶん」
「君はノンケだから、君とは付き合う気は無いそうです」
ぐさ、と心に矢が刺さったのは気のせいか?
うん、まぁ落ちつこう。
別に、付き合いたいわけじゃないけど?
だが他人にこうしろ、やめておけと指図されると、誰だってムッとする。例えそれが、俺よりも随分と人生経験が豊富な野中さんだとしても。
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