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第38話 素直になれない2人です
「野中さんは、ノンケのダイヤモンドさんと上手くいかなかったから、俺もそうなるって思ってるんですか?」
機嫌を悪くした俺に狼狽える様子もなく、野中さんは穏やかに「そうですね」と答えた。
「僕はその人と付き合っていた頃、毎日が楽しくて仕方ありませんでした。まるで夢の中にいるようで……けれど1人になった時に、たまに不安な気持ちになるんです。彼は僕とは違う、この関係はずっとは続かない、と」
そう言って200円のドリンクバーの薄い烏龍茶を飲みながら、苦笑いした。
「そうしたらある日、彼がふと『将来は子供に囲まれて暮らしたいよなぁ』と漏らしたんです。それで完全に目が覚めました。僕と彼とでは、生きる世界が違う。だからあの時、別れを切り出して良かったと思っています」
未練タラタラのくせに何言ってんだ?
だがそこはあえて黙っていた。
「ましてや十夜くんは、まだ高校生ですしね」
「高校生だからって、何か関係あるんですか?」
「君はまだ若いってこと。今は優太くんのことが良く見えていても、社会に出て大人になっていくうちに、たくさんの人と出会います。結婚だって考えるかもしれませんし」
「べ、別に良く見えてるわけじゃないし、俺、結婚はしないですよ。面倒くさいし」
「今はそうかもしれませんが、未来は分からないですよ。それに2人の関係が変わらなければ、君も後悔せずに済みます」
つまり、俺と優太さんはそれぞれ違う世界で生きてくれと言いたいのか。
俺はノンケなんだから、普通に女と付き合って。
優太さんはバイなんだから、そういう男か女と付き合って。
2つの線は交わることなく、それぞれの道を歩んでくれと?
余計なお世話だ。
俺はふんっと鼻をならした。
「ダイヤモンドさんより、俺の方が相手とうまくやれる自信はありますけど」
「そう? それなら僕は止めませんよ、優太くんと付き合っても」
「いや、例えばの話だから! それに優太さんは女の人と付き合う予定だから!」
「では、優太くんを応援してあげないといけませんねぇ」
しみじみ言われたので「そりゃ応援しますよ」と張り切っていうが、胸の中は違和感だらけだ。
チクチク痛いぜ。
正直、応援はできそうにない。
飯を食い終わって立ち上がる時、俺はすかさず伝票を手に取った。
「ここは払うんで、今日のことは優太さんには……」
「そんなことをしなくても言いませんし、12歳も年下の子に払ってもらうわけにはいきませんよ」
結局、逆に奢ってもらって店を出た。
駅で別れて1人になってから、笑顔の優太さんと先程の野中さんの言葉を思い出す。
『君はノンケだから、君とは付き合う気は無いそうです』
「……うるせ」
小さく吐いた文句は、夜風に乗って空中で消えた。
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