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第40話 知らないところで仲良くなる
「あれ、十夜? どうしたの?」
部屋に入ると、優太さんはベッドの上で半身を起き上がらせていた。初めて見るパジャマ姿に「うっ」となる。
おでこに冷却シートを貼って、赤らんだ顔に汗ばんだ首筋。
熱のためか、大きな瞳がチワワのように潤んでいて、みるからに弱っているその姿は庇護欲をかきたてられた。
しかし俺はそんなことでは誤魔化されないぜ。
俺は持っていたビニール袋を見せながら、匠志をちらりと見る。
「ポカリとかゼリーとか買ってきた。……けど、お邪魔だったみたいだね。この人に看病してもらってたんだ?」
匠志は少しビクビクとしながら目を瞬いている。
俺が眉をひそめている理由が分からないのだろう。
優太さんは不穏な空気に気付いておらず、1人笑顔だ。
「匠志くんから飲みにいこうって誘われたんだけど、風邪だからって断ったら、様子を見に来てくれたんだ。心配だからって」
「心配だから……って?」
それでわざわざここへやってきたというのか?!
またギロリと睨めつけると、匠志は肩を強ばらせながら苦笑いしていた。
匠志は俺に自分の名前と年齢などを軽く自己紹介した後、言い訳をするようにここに来た理由を話した。
「1人暮らしだから、不安だろうと思いまして。俺も体調崩した時は誰かに傍にいて欲しいなぁって気持ちになるんで」
まぁそれは、俺も思ったからここにやってきた訳ですけど。
こいつに先を越されたことに、若干の戸惑いと嫉妬を覚える。
優太さんは潤んだ瞳で匠志を見上げた。
「ありがとう。匠志くんは本当に優しいよ」
「いいや、俺、ただのお節介野郎なんです」
「そんなことないってー」
照れ笑いする2人のほんわかほのぼのムードに、俺の居心地はますます悪くなる。
桃あたまとオレンジあたまがケラケラ笑っている。
ていうか……俺が知らぬ間に、随分と仲良くなってるじゃないか。
口の端をひくつかせていると、優太さんが急に咳き込んだ。
ゴホゴホと何回か咳をして落ち着いた優太さんを見て、匠志は思い出したように手をポンと叩いた。
「そうだ、俺、白湯の用意してたんだった。優太くん、食器棚の手前の白いマグカップ使っていい?」
「うん、大丈夫。ありがとう」
匠志は再びキッチンへ向かった。
俺が急に来て、本来の目的を忘れていたのだろう。俺もそっちへ向かい、リビングとキッチンを繋ぐドアを閉めて匠志に向き合う。
「匠志クンは、優太さんとは仲良いの?」
引きつった笑顔でそう尋ねると、匠志はカップを棚から出しながら「うーん」と考える素振りを見せた。
「まぁ、話すようになったのは最近ですけど、仲は良いと思いますよ。こないだは2人でカラオケ行きましたし」
「カラオケ?!」
なんだそりゃ。そんなの一言も聞いてないぞ。
俺の知らないところで何やってんだ。ていうか優太さんはどうしてそれを俺に教えないんだ。
匠志はムカムカとしている俺に全く気付かず話し続けている。
「はい。盛り上がりましたよ~。優太くん、結構上手なんですよね。あんな可愛い顔してるのにハスキーボイスでハードロックな曲歌ってて、終わった後は照れくさそうに『下手でごめんね』って笑うんですよ。ギャップ萌えですよねー。男の俺でもキュンとしちゃいましたよー」
ボコボコと音が鳴っているケトルのボタンがカチッと上がった。
今すぐこいつの口に熱湯を注ぎたい衝動に駆られるが、既のところで我慢した。
「ふぅん。これまでこの家に来たことは?」
「今日が初めてです」
「へぇー。あ、そういや俺は3回目だわ」
「あぁ、そうなんですか」
あからさまなマウントを取ったのに、匠志は特に気にも止めていないので全く張り合いがない。匠志は穏やかな笑みを浮かべながら、沸いた湯をマグカップに移している。
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