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第44話 恥ずかしい思いはしたくない

「長引いてるって言ってたね。どこからそんな風邪もらってきたんだよ」 「んー、5時間のウォーキングがいけなかったみたい」 「はぁ? 5時間?」  高校の頃に揶揄われた相手から電話が来たことを伝えているうちに、またモヤモヤとした感情が蘇ってきた。 「せっかく良いことがたくさん続いてたのに、その電話のせいで台無しになっちゃったんだ……。もう、その人のことは思い出したくもないのに」  十夜に何の躊躇もなく文句を言った。  あの人の大学の友人にも知られたのかと思うと、顔も知らない他人とはいえ良い気分はしない。  ものすごく憎めたらいいのだけど、一時本気で好きだったせいか、心のどこかでは彼を許したいという気持ちもある。そんなことを考えている自分も嫌だった。 「そいつが昔、嘘吐いて優太さんを揶揄ったこと、もうこの先ずっと許せないと思う?」    十夜は叱られるのを恐れるような声で言うのが、不思議だった。  俺が泣くのならまだしも、なぜ十夜がそんなに泣きそうな顔をするのか分からなかった。   「うーん……ゆる……」 「………」  言葉の続きを、固唾を飲んで見守っているのが面白くて笑ってしまった。 「……せないな! 嘘を吐くのはやっぱり良くないし、そういうことをする人は二度と信用できないよね!」  あはは、と明るく言うと、十夜はがっくりと肩を落とした。 「だ、だよね」と無理して笑っているが、背中からは哀愁が漂っている。  あれ、どうしたんだろう。  まるで俺に「許せる」と言って欲しかったみたいだが。  十夜はバツが悪そうに頭を掻いてから、俺のおでこに手を伸ばした。 「熱はまだあんの?」 「うん、だいぶ下がったけど、まだ少し」 「シート変えよっか? どこにある?」 「あ、あの棚の上」  十夜は新しい冷却シートを持ってきてくれた。  貼りやすいように、前髪を割っておでこを出す。貼られたら、そこから心地よい冷たさが広がっていった。 「ありがとう~」 「ん」  待てが出来た犬を撫でるみたいに、十夜は俺の頭を優しく撫でてきた。  やっぱりいつもの十夜じゃない気がした。  やたらと俺を見つめるっていうか、その瞳も熱が篭っているというか。  見つめられたまま撫でられていると、徐々に十夜の顔が近づいてきて、当たり前のようにキスをされた。あまりに素早いので逃げる暇もなく。  ていうか俺は、逃げるどころか受け入れていた。目を閉じ、より唇が触れやすくなるように顔を傾けていた。  何をしてるんだ俺は!  我に返り、十夜の体を押した。 「風邪、移るよ」 「移してもいいよ」  目の前の妖艶な唇が怪しく動いた。  寒気とは違う種類のゾクゾク感が湧いてきて、あろうことか俺の頭にはいやらしいシーンが浮かんでしまった。  十夜に触って欲しいと思いながら、1人エッチをしている自分……。    鏡を見ずとも、耳までかっと熱くなったのが分かった。  あの日以降、十夜を想って自慰をするのが日課になってしまっているのだが、さすがに今興奮していい訳はない。  目の前に十夜がいるのに。

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