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第49話 野中の気付き2

 ある程度綺麗になったので、レモネードをトレイにのせて2階へ上がった。  テーブル席には、僕の服を着た彼が1人で座っている。  優太くんは今シャワーを浴びているみたいだ。 「あ、これ、ありがとうございます」  彼は黒のスウェットを引っ張りながら立ち上がり、ペコリと頭を下げた。 「いいえ、こんなのしかなくてすみません」 「とんでもない! ありがとうございます」 「僕は野中と言います。これ、良かったらどうぞ」 「ありがとうございます。俺は、成瀬と言います」  レモネードをテーブルに置く際に、彼の頭にふと視線を送った。  さっきは後ろへ流していた髪が下りている。  前髪があると人は幼く見えるようにできているが、この人も例外ではなかった。  すっと通った鼻筋に、長めのまつ毛。  見入っているうちに、ふと気付く。  なんだか、この顔に見覚えがあった。 「成瀬くんは、この店は初めて?」 「はい、今日たまたま……会社帰りに、散歩をしていたら見つけて」 「そうですか」  だよなぁと納得する。  というのも僕は職業柄、人の顔を覚えるのは得意な方なのだ。  成瀬くんがこの店を訪れたのは初めてだ。  だというのに、初めて会ったんじゃない感覚。  むむ、どこでだ。  考え込むが、モヤがかかって一向にわからない。  あまり見つめていては悪いから、僕はさっとテーブルから離れた。 「じゃあ、遠慮なくゆっくりしていって」 「はい、あざっす」  あ、と成瀬くんはハッとして、きちんと「ありがとうございます」と言い直した。  1階に戻って売上金を計算している最中も、僕はうんうんと唸っていた。  あぁ、気持ち悪い。  もう少しなのに、痒いところに手が届かない感じ。絶対に見覚えがあるのに。  僕が普段、人と会う場所を徹底的に振り返ってみた。  取引先、銀行、クリーニング屋、駅前のコンビニ、病院、美容室、スーパー、それから…… 「あっ」  パズルのピースがようやくカチッとハマった。  よく行く古本屋の彼だ。  さっきみたいに気だるく挨拶をされたことが何回かある。  しかし、記憶にある古本屋の彼はどう考えても高校の制服姿だ。  さっき彼は、会社帰りに、と言っていなかったか。  ハテナマークでいっぱいになりながらレジ締めをし、また2階へ上がると、2人は何やら話し込んでいたが、僕を見て話を一旦切り上げていた。  2人を見送りをする時に、優太くんには気付かれぬよう、僕はこっそり成瀬くんの背後に付いた。 「成瀬くんって……」 「はい?」 「……背が、高いんですねぇ」 「どうも」  たぶん不審に思われただろうが、僕は笑顔で2人を見送った。  パタンとドアを閉じ、店の照明を落とす。  ふむ。結局、聞きたいことは聞けなかった。  まぁ、いいか。何か事情があるのだろう。  優太くんだって人には言えない事情がある。  僕にだって。  人というのは、何かしら秘密を抱えて生きていくものなのだと、僕はネックレスのトップを服の上から掴んで、どこか清々しい気分なのだった。  *END

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