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第52話 期待をするとあとが辛い side十夜

 ーside十夜ー 「お前、なんかあっただろ」 「はっ?」  週明けのランチタイム。  いつものように好物のクリームパンを口に運んでいたら、(あらた)に突然のツッコミを食らった。 「な、何もねぇけど?」 「嘘つけ。じゃあなんであの人とのことを何も言って来ないんだよ。今まではなんでも真っ先に報告してきたのに」 「それはその……本当に何も無かったからだろ」  ベンチに座っている俺の横顔をチラッと見た新は、なんだか意味深に「へぇ」と軽く笑った。 「ついに一線を超えたのか」  カッと目を見開いた俺は思わず立ち上がった。 「手前だ手前! 優太さんとはまだそこまで……」  キョトンとする新を目の当たりにした俺は、ふしゅーっと空気が抜けた風船のように小さく萎んで座り込む。  まだってなんだ、まだって。  期待すると後が辛くなるだろう。  じわりと頬が熱を持っているのを自覚しながら、俺はついに白状した。 「新……聞いて驚くなよ……俺、優太さんのことを本気で好きになっちまったみたいだ……」 「知ってたけど」  結構勇気を出して言ったのに、すん、と軽く返事をされて面食らう。 「えぇ?! 知ってたの?! 俺言ってねぇよね?!」 「誰がどう見てもその人に会った時から完全に恋してただろ、お前」 「そ、そうなのか?」  そんなに分かりやすかっただろうか。  優太さんを好きだと自覚したのはつい2日前だ。  それは優太さんと仲良くしていた匠志のせい。  あいつがいなけりゃきっと、俺の中にドロドロの醜い嫉妬心があったことに気付けなかっただろう。  というか今もあいつが優太さんとケラケラ笑っているシーンを思い出して腹の中がよじれそうだ。  2500円も、今更だけど惜しくなる。  結局、購入した匠志のバンドのCDは未だにビニールを被ってバッグの奥深くに眠ったままだ。  特典のピンクのブレスレットは、いま俺の左手首にはまっているけど。 「で? なんか朝から元気がないのは、恋煩いでもしてるってわけ?」  クスクスと軽く笑う新は、他人に興味が無いように見えて、実はよく観察している。  そんなにあからさまに元気を無くしていたわけではないのに。 「……俺、優太さんのオナニーを手伝ったんだけどさぁ」  げほげほっ!と飲んでいたペットボトルのお茶を吐き出している新の横で、俺は遠い目で青い空を見上げた。 「あの人、俺のことをたぶん何とも思ってないぜ。意外とたくさん友達もいるみたいだし、俺はその中の単なる1人に過ぎないみたいなんだよな……しかも俺、あの人に色々と嘘吐いてるし。好きになってもらう為には、やっぱ本当のことを話すべきだよなぁ」  優太さんは昔、好きだった男に騙されたことがある。そいつのことをいまだに許せないと、はっきり言われてしまった。  どうして俺は、考え無しに年齢を偽ったりしたのか。  普段は古本屋の店主ではなく、制服を着た男子高校生をやっているのだと聞かされた時の優太さんの表情を頭の中で何度か描いてみたのだが、どれもいいものではなかった。  ~とうや予想~  え、嘘、十夜って高校生だったのか……?(老けてるね……と言いたげな表情)  ずっと俺に嘘を吐いてたの?  うわぁー……ドン引きなんですけど。  そんなふうに言って、訝しんだ目を俺に向けて去っていくのだ。  あぁぁ。  実際にそんなふうになったらどうしよう。  頭を抱えずにはいられない。

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