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第56話 ふたりで見るイルカショー

 アシカショーを観て、ペンギンパレードを観て、また水族館をみて……ここは楽しめるイベントがたくさんだ。  しかもすべて良席だった。  優太さんはすばやく前列の空いている席に座って俺をおいでおいでして、隣に呼び寄せるのだ。  お陰で俺は、あまり乗り気じゃなかった水族館デートを心の底から楽しめていた。  イルカショーではイルカやスタッフから水をたくさんかけてもらえるイベントをやっていると書いてあった。  それなのに優太さんは1番前のベンチに腰を下ろしてしまう。  左右に座る家族やカップルはすでにレインコートを着用済みだ。濡れてもいいように持参していたのだろう。 「優太さん、ここ濡れると思うけどいいの?」 「大丈夫だよーちょっとくらい。もし濡れそうになったら十夜がカバーしてくれる?」 「はぁ? てめぇ調子にのんじゃ……」  濡れると聞いて、優太さんのあの時の情欲に濡れた表情と濡れた欲望を思い出してしまい、ひとりで勝手に照れてしまう。  ふと、そのぽってりとした甘そうな唇に釘付けになる。  セックスはしなくても、今日もキスくらいはしてしまおう。さすがにここではできないが。  優太さんの横顔を見つめていたら、その目がまばたきをして何かに反応した。  優太さんはポケットからスマホを取り出して画面を見つめ、すぐにもとに戻した。  たぶん、誰かから連絡が入ったのだろうと予想する。  しばらくしてからまたピクッとまばたきをして同じ動きをしたので、俺は気を利かせて問いかけた。 「返せば? LINE来てんだろ?」 「あ、どっちもメルマガだった」 「ふーん。もしかして何か届くたびにいちいち確認してんの?」 「うん。すぐに返信できるように」  だからこの人からの返信は秒で返ってくるのか。  すべての謎が解けた俺はふっと笑った。 「スマホ依存性かよ。もしや風呂場にも持ってってるんじゃねぇだろうな」 「持ってってるよ。トイレにも」 「……あの、それもやっぱ」  何かトラウマがあってそうさせてるんすか。  口にはしないが、なんとなく察した優太さんは頷いた。 「(あずま)さんと付き合ってた時、LINEも電話も気付かなくて返信が遅くなったことがあるんだ。気付いたのは数時間後で、すごく文句言われちゃった。仕事終わりにせっかく近くまで来てやったのに無視かよって」 「あぁ?」  眉根を寄せる俺をなだめるように、優太さんは笑顔を作った。 「あ、分かるよ、十夜の言いたいこと。けど俺も悪いんだよ。東さんが待ち合わせ時間に遅れてくるが嫌だって思ってたのに、俺が東さんにそうしちゃったから悪いなって……」 「優太さん、俺とはじめて出会った時、俺がなんて言ったか覚えてないの?」 「え?」 「これからは自分らしく生きるって約束できるかって、俺言っただろ」 「あ……」  優太さんは迷子の子猫のような顔をして俺をじっと見つめてくる。  人に嫌われてもいいじゃないか。  気の利く優しいひとを演じて、みんなに好かれようと無理して苦しむのはもうやめて欲しい。  鈍感でちょっとアホで、俺の気持ちにコレっぽっちも気付いてない人だけど、自分の気持ちをねじ曲げて他人に合わせるのはもうやめて欲しい。  優太さんには、心の底からずっと笑っていて欲しいんだ。

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