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第58話 東さんが現れる side優太

 ーside優太ー  水族館デートを満喫し、早めの夕飯をファミレスで食べてアパートに戻ってきた。  十夜も一緒だ。  東さんに会ってやると申告してくれて安心した。  もう彼に恋愛感情なんて1ミリもないけど、勝手に辛辣なことを言われて無駄に傷つきたくない。  十夜がいれば、東さんだって萎縮してさっさと帰っていくだろう。  忘れものをわざわざ届けにきてくれるらしいけど、約束の時間よりも大幅に遅れてくると見込んだ俺は、適当にダラダラしてようぜと十夜に言われてサブスクでアクション映画を探して見始めた。  並んで座ると、自分の肩が十夜にほんの少し触れて胸の鼓動が速くなった。  見始めてから20分くらい経ったころ。  画面に集中していた時、ふいに家のチャイムが鳴った。  なんとなく、十夜と顔を見合わせる。  時間をスマホで確認すると、あと10分で約束の19時だ。  まさか来たのかな?  そんなはずはない。  東さんが約束時間どおりに、ましてや早めに現れたことなんて1度もなかった。  だがドアを開けて驚愕した。  そこにはちゃんと東さんが立っていた。 「よぉ」 「え……東さん、約束は7時だよね?」 「は? そうだよ、だから来てんだろうが。10分前じゃ早いってか?」 「ううん、そうじゃなくて……」  面食らっていると、隣に十夜がズイッと現れて、東さんを鼻で笑って見下ろした。 「こんちはー」 「は?! てめぇはこの間の!」 「あの後、風邪とか引きませんでした? ちゃんとすぐに風呂入りました?」 「うっせぇ! つーかお前どうしてここに……」  難しい顔をして俺たちを交互に見た東さんは、少しの間をおいていやらしく笑った。 「なんだ、そういうことかよ。良かったなぁ優太」 「ちっ違うよ?! 十夜はただの良いお友達だよ!! お友達だから!!」  全力で否定すると、隣から「そんなに強調しなくたって……」と悲しそうにボソッと呟かれた。  でも変に誤解されたり、十夜にその気があるって見透かされたら嫌だし。  濃厚なキスをしたことや、十夜に抜かれたことも思い出されたから、気恥しさもあり。  東さんは特に興味は無いといった表情で、持っていた紙袋を差し出してきた。 「まぁ何でもいいけどよ。ほらこれ、忘れもん」 「あ、うん、ありが……」  忘れ物って結局何なのだろう。  一瞬、中身が見えた俺はハッと息をのみ、紙袋をぐしゃっと抱きしめた。 「こ、こんなの、捨ててくれて良かったのに」  バクバクと心臓が速くなって冷や汗が出る。  唯一、事情を知らない十夜は首を傾げた。 「なんだそれ。何が入ってんの?」 「昨日片付けしてたら出てきたんだよ。捨てようかとも思ったけど、そういうのって何気に高いんだろ? 優太も返して欲しいって思ってんじゃねぇかと思ってよ」  質問に被せられた十夜はムスッとむくれて東さんを睨むが、東さんはまた、俺に含みのある笑いを向ける。 「丁度いいじゃん。こいつにしてやれば? 好きそうな顔してる」 「は?」  今にも飛び蹴りをしそうな雰囲気の十夜に、俺は構っていられなかった。  あの時の情けない自分と、俺を蔑んだ目で嘲笑した東さんを思い出して、羞恥と戸惑いでいっぱいだった。

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