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第59話 その程度の存在だった

 十夜は様子がおかしい俺を庇うように、俺を部屋の中に入れて東さんに顎をしゃくった。 「もう用事は済んだんだろ。はよ帰れや」 「てめぇに言われなくても帰るわ。このあと大事な待ち合わせしてんだよ。遅れちまう」  腕時計を見ながら言うので、大事な待ち合わせは本当のことなのだろうと思う。  俺の心に、フワッと黒いモヤみたいなものがかかった。 「待ち合わせって、彼女さんと?」 「そうだよ。ふふ、なんだよ優太、嫉妬か? こいつがいるくせに、まだ俺のことが忘れらんないなんて言うんじゃねぇだろうな……」  ちょっと誇らしげな顔をしている東さんと俺の間に入った十夜は「はいはい、いろんな意味でごくろうさん」と強制的にドアを閉めて鍵を掛けた。  ドア越しにチッと舌打ちをされたのが聞こえたけど、すぐに靴音は遠ざかっていった。  完全に音が無くなったあと、俺は部屋の奥へフラフラといき、紙袋を抱きしめたままベッドに突っ伏した。  戸惑いと泣きたい気持ちと、なんと表現したらいいのか分からない感情がぐるぐるする。  大事な……待ち合わせ。  顔を上げられないでいると、背後で十夜に軽くため息を吐かれた。 「優太さん、どうしたんだよ。まさかマジでアイツにまだ気があんの?」  冷たく突き放すようなひやりとする声音に、若干の焦りを覚えた俺は体を起こして振り返った。 「それは絶対に無いよ! 東さんにはコレっぽっちも気持ちなんて」 「じゃあどうしてショック受けてんだよ」 「それは……っ」  自分でも唐突すぎて、何に対してショックを受けているのか分からない。  紙袋の中身のこともあるし、心が暴力的にかき混ぜられていることに混乱していた。  ほんの少し沈黙が流れるが、十夜は何も言わず、けれど視線を外さずに俺を見てくる。  その間、自分の感情を整理して、そして行き着いた答えを恐る恐る口にした。 「……きっと、悔しいんだ、俺」  俺は目に涙を滲ませながら恥ずかしい感情を吐露していった。  彼女との待ち合わせ場所には時間通りに現れる東さん。遅刻したらいやだと気にする東さん。  一方俺は、連絡も無しに何時間も待たされて。  当日にドタキャンだってされたこともある。  最終的には浮気をされ、ポイ捨てされ。  圧倒的な対応差。  高校生の頃から分かっていたけど、自分は誰にも大切にされない傾向にあることを改めて突きつけられたから、こうしてベッドに突っ伏して悲しんでいたのだ。 「ふーん。要するに、自分にも優しくして欲しかった、と」 「うん……」 「しょーがねぇじゃん。しょせん優太さんはその程度の人間だったってことだろ。ウジウジしてないで現実を受け入れろよ」  俺は深刻な顔で悩みを打ち明けたのに、十夜はあっけらかんとして返してきたのでイラッとくる。 「わ、分かってるよ! 傷付くからそんなにハッキリ言わないでオブラートに包んでよ!」 「同情して優しく寄り添えってか? けど、そんな風に悲しんでも過去が変わる訳じゃねぇだろ。あんなクソ野郎にまだこだわってるなんて時間の無駄だから、前を向けよ」  十夜がいつも東さんをクソ野郎呼ばわりするのを控えていたのは気付いていたけど、もう気を遣わないことにしたらしい。  十夜はしゃがみこみ、俺と同じ目線になる。 「まぁでも、過去は変えられないから悩むんだよな。俺だってウジウジ悩んでるぜ」 「え、十夜でも過去のことで悩むことあるの?」 「あるよ。例えばあん時、適当なこと言わなきゃ良かったなーとか……優太さんと、初めて会った時とか……」  最後の方は声が小さすぎて聞き取れなかった。  首を傾げていると、また真っ直ぐな視線を向けられる。 「とにかく、これからは優太さんを大切にしてくれる人と一緒にいれればそれでいいだろ。例えば……俺、とかさ」  強気かと思えば、突然弱気になる。  子供みたいに唇を尖らせて言う十夜がいつもよりも可愛く見えた。  自分勝手で怒りっぽいところはあるけど、こうして味方になってくれる十夜が俺は大好きだ。

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