60 / 84

第60話 絶対引いたりしないのに

「うん、そうだよね。ありがとう十夜」  面映ゆい気持ちで笑いかけると、なぜか不服そうに目を細められる。 「軽いな。俺は結構ちゃんと言ってるのによ」 「え、軽くないよ! 本当に十夜には感謝して……」 「まぁ、別にいいけどな。諦めずに伝えてきゃいいんだ」  言外の意味を見出そうとしても何のことだか、俺には分からなかった。  十夜に鼻を指でぎゅっと摘まれ、あわあわとしてしまう。  不敵に笑いながら、そうそう、と頷かれた。 「まぁ、優太さんはそうやって笑っときゃあいいんだよ」 「……十夜」  体を動かした拍子に、俺の胸の中にあった紙袋が床に落ちた。  十夜はそれをすばやく拾い上げた。   「そういやこれ、何が入ってんだよ」 「あ、だめ……!」  俺が止める間もなく中身を見られてしまう。  宙に浮いた俺の手の前で、白地に紺色の襟とスカートという定番の制服が十夜によって広げられた。 「何これ。セーラー服?」  続けて白のニーハイソックスと付けリボンを出されると、俺は無駄な抵抗をやめて項垂れるしかなかった。 「うん。セーラー服……」  十夜は案の定、訝しんだ目で俺を見てくる。 「あ、優太さんて、そういう……」 「趣味とかじゃないから! ちゃんと理由があるから!」  俺に女装趣味は無い。  恥ずかしい過去を暴露するのは耐え難いものがあるが、見られたからにはちゃんと説明しなければならない。 「これ、俺がネットで買ったんだ。東さんの、ために」 「は?」  一気に不機嫌な顔になる十夜に「とりあえず聞いてっ」と言い訳をした。 「ある日、これを着て東さんちのベッドに寝転がって待ってたんだ……だけど東さんはそんな俺を見て、喜ぶどころかドン引き。何の冗談だよ、やめてくれよって……東さんちに女子高生のAVものが置いてあるのを見たことがあって、だったらこういう格好に興奮するのかなって期待してたんだけどね。ハハ、女の子と俺じゃ、訳が違うよね。結局1度もそういうことをせずに終わったなぁ」  強がって笑うと、十夜は呆れつつも意外なところに食いついた。 「優太さん、あいつと1度もエロいことしてないの?」 「え? うん……分かってるよ、十夜の言いたいこと。俺には魅力が無くて、結局その程度だったって言いたいんでしょ」 「いや、違くてさ……うーん……」  首の後ろをかきながら、口の端を上げてなぜか嬉しそうにしている。  あぁ、俺のこと、やっぱり馬鹿だなって思ってるんだろうな。  羞恥のあまりに俺は顔を覆う。  コスプレHを試みたことは黒歴史だし、たぶんこれがきっかけで東さんは彼女を作ったんだろうし、なんだかいろいろと申し訳ない。  自責の念にかられていると、十夜はスカートを見つめたまま何かを考えているのが分かったので、ますます顔に熱がいった。 「もういいでしょ! 恥ずかしいから返してっ」  引っ張るけどびくともしない。  十夜はようやく俺を見る。  その透き通った瞳は何かの期待と好奇心に満ち溢れていた。 「東がこの姿の優太さんを見てドン引きしただなんて、信じらんねぇな」  十夜はセーラー服とニーハイソックスを手渡してきた。  ついでに両手をぎゅっと握られ、ニコリと笑われる。 「俺は絶対、引いたりなんかしないのに」 「……いや、引くと、思うけど」  なぜ十夜が笑いかけてくるのか察しが付いた俺は後ろに下がるけど、すぐに壁に阻まれた。 「着てみてよ。そんで、俺に見せて」

ともだちにシェアしよう!