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第63話 セフレにはなりたくない

「優太さん、興奮してんの?」 「ん……ちが……」  恥ずかしくて足を動かすと、膝が十夜の腹の下に一瞬当たった。  十夜も十夜で軽く兆しているのが分かる。  深く息を吐いた時から気付いていたけど、十夜だって少なからず興奮状態にあった。 「ひとつ提案なんだけど」  え、と目を開けると、十夜はペロリと舌を出した。 「東にして欲しかったことを、俺としてみない?」  流されて、理由をよく考えずに頷こうとした自分にブレーキをかける。  俺はポカンと見つめ返して、思ったままを口にした。 「十夜はしたいの? 俺と」 「うん」  即答されて、首元を唇で吸われる。  濡れた舌で舐めあげられ、敏感な皮膚が赤く色づく。  んん、と唸るようなくぐもった声を漏らしたが、頭は混乱していた。  この雰囲気は知っている。  減るもんじゃないからいいじゃんと、いつか悪戯っぽく笑っていた十夜。  あの時、キスができれば相手は誰でもいいんだというような笑みに見えた。  いまも、そうだ。  東さんとしてみたかったエッチを、なぜか十夜は俺としてみようと言う。  どうして?  十夜はノンケなのだから、女の子としたいんじゃないの?  ふと、さっきの東さんのセリフが浮かんだ。 『こいつにしてやれば? 好きそうな顔してる』  胸の中にうずまく違和感がなんなのか分かった気がして、改めて自分の格好を見る。  制服から出ている華奢な手足と白い肌。  シーツの上でくしゃりと広がったプリーツスカートと、たゆんでいるニーハイソックス。  十夜は、したいのだ。  女子高生の姿をして寝転がっている目の前の人間と。  ──俺だから、って訳じゃない。  途端に気持ちが氷みたいにすぅっと冷えていく。  やめて、と声に出したのかは分からないけど、胸板をドンと両手で押すと、すんなり唇が離れていった。  十夜は上半身を起き上がらせ、恐る恐るといった感じで俺の顔に手をのばしてくる。 「なんで泣いてんの?」 「泣いてないって、泣いてないよ、本当に」  泣いていないと言えば言うほど涙腺は緩んだ。  何度拭っても、壊れた蛇口みたいに目から涙が溢れ出てきてしまう。  頬を伝って落ちていく雫を拭うことも、手を引っ込めることもできずに宙を彷徨っている十夜の手が戸惑っていることを知らせる。  十夜を傷つけたくなくて、恋する気持ちがバレたくない俺は両目を手で覆って顔を見られないようにした。 「や、ごめん、なんか……俺、十夜とそういうのは……ちょっと、キツイっていうか……」  できるだけ軽い調子に聞こえるよう努力したけれど、きっと恋情はバレてしまっただろう。  この間イかされたとき、いつかはそういう関係に変わるんじゃないかと、なんとなく察していたのに。  いざこうなってみると、胸に針が刺さったように痛くなって先に進めない。  叶いそうにない高望みをしてしまう。  セフレになんて、なりたくない。  十夜にちゃんと愛してほしい。  制服姿の偽りの自分じゃなくて、俺自身を見て欲しい。  そんなのは無理だって、分かっているけど。  十夜の顔がずっと見れなかった。  ただ時間が過ぎるのを待っていると、体がふっと軽くなった。  俺の体にまたがっていた十夜は静かにベッドから降り、荷物を持ってドアノブに手をかけた。  声を掛けたいけど、なんて言えばいいのか分からない。  十夜も俺を見ていなかった。 「帰るわ」  前髪に隠れて、どんな表情をしていたのかは分からない。  ドアを閉められ、玄関から出ていく音も聴こえた。  この前みたいに、悪戯っぽく笑って戻ってくることは無いのは分かっていた。  気持ちがバレた以上、十夜はもう二度と俺と会ってくれないかもしれない。  そう考えると辛いけど、しょうがないことだと思った。 「うぅー、ごめんね十夜……」  きっと嫌われた。  俺が高望みしなければ、こんなことにはならなかったのになぁ。

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