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第67話 不運はいきなり現れる
「十夜くん、家この辺じゃないよね? 何してんの?」
「あぁ、ちょっと用事でな」
ミカに『十夜くんは大人っぽすぎて自分とは釣り合わない気がする』と振られたあと──実際は俺の老け顔が気になって別れたんだと思うが──、特に気まずくなる訳でもなく、単なる良き友達に戻っていた。
「ふーん。あたしはねぇ、あそこの塾に通い始めたの。授業の時間までここで勉強しようと思って」
窓の向こうを見ると、進学塾の看板があった。
それなりに名の知れた塾だったから驚く。
SNSやファッションにしか興味が無い女だと思っていたのに、意外な一面を見て面食らう。
「へぇ。なんでまた塾に?」
「そりゃ、大学へ行くためでしょ」
きゃははと愉快そうに笑うミカは、派手な見た目とは裏腹に意外と努力しているらしい。
ミカはトレイを持って立ったまま、しばらく俺と談笑した。
どうやら新しい彼氏もできたらしい。
確かにこいつはモテる。スタイルもいいし見た目も可愛けりゃ世の男子は黙ってないだろう。
まぁ俺は正直、申し訳ないが本気で好きではなかったが。
「あ、なんか話しすぎちゃった。じゃあ、新くんと賢人くんもまたねー」
時間を気にしたミカは手を振って踵を返し、店の奥の席に腰を下ろしてスマホを見始めた。
新がテーブルに頬杖をつく。
「お前とあの子、結構お似合いだと思ってたんだけどな」
「そうか? まぁ振られたんだから仕方ないだろ」
「そもそも十夜はゲイになったんだから、女子に振られて正解だったじゃん」
聞いていないと思っていたケンが、スマホから目を上げないまま言った。
俺は、ゲイになったのだろうか。
少し前に男に告白されたことがあるが、そいつにはこれっぽっちも恋愛感情なんて抱けないし、それなりに好きな女性アイドルなんかもいる。
格好いいなと思う男性俳優もいるにはいるが、本気で好きだとか、付き合いたいだなんて思わない。
そうか。優太さんだから好きなんだ。
好きになった優太さんが、たまたま男だったってだけだ。
これもちゃんと、優太さんに伝えられるだろうか。
本人を目の前にすると、どうも調子が狂うし勇気を出せないのが俺の悪いところだ。
今からしっかりイメトレをしておこう。
「十夜」
その時、背後から耳馴染んだ声が聞こえて振り返る。
目を丸くしている優太さんがそこにいた。
その横に、優太さんと同じピンク頭の丸メガネを掛けた匠志もいたのは認識したけど、俺は優太さんから目が離せずにいた。
急に現れたから、不意をつかれた新とケンも何も言えずに固まっていた。
「十夜……って、高校生だったのか……?」
口がわななき、見るからに動揺している優太さんは案の定、俺にそう投げかけたのだった。
「あ、えっと……」
俺は妙な緊張感から冷や汗をかく。
いろいろと問いたいことが山ずみすぎて、逆に無言になってしまう。
ていうか、俺からの連絡に気付く前に、どうして俺を見つけちまったんだよ。
これだと、単に友人と戯れて笑っている脳天気ヤローだと思われちまうだろうが!
俺を見下ろす優太さんも、俺と同じように何から突っ込めばいいのか分からないのだろう。うずまく感情を抑えるかのように何かを考えながら、唇を噛んでいる。
まずは優太さんにLINEを送っていたことを伝えよう。そう思っていたら、背後から明るい声が聞こえた。
「あ、あのー、こんにちは! 優太クンですよねー? 俺は、十夜の友達の賢人です。優太クンのことは、十夜からいろいろと聞いてまして~」
バッと振り返ると、ケンが場違いな満面の笑みを優太さんに向けていた。
ひく、と俺は口の端を歪ませる。
たぶんケンなりに気遣ったのだろうが、今までこれほど空気を読めとチョップをしたくなったことはない。
「いろいろと聞いてる……って……?」
呟きながら何かを感じたらしい優太さんは、ケンを一瞥したあとで視線を俺に移した。
「十夜、俺にLINE送る時、この人に打ってもらってた?」
今まで見たことがないような怒り顔に、俺はウッと尻込みしてしまった。
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