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第69話 匠志くんからプレゼント

 その場を離れて、店の奥で展開されている古着や雑貨のコーナーを見てみることにした。この店オリジナルのTシャツとマグカップが並んでいる。  ふと、合皮の表面にレーザーでクジラの絵が掘ってある栞とブックカバーに目がいった。POPを見ると、好きな文字を彫刻できるとのこと。名前を入れてプレゼントをするのもよし、と書いてあった。  十夜は古本屋で働いているから、きっと本を読むのが好きなんだろう。  ここに名前を掘ってプレゼントすれば十夜は許してくれるかな、と浅はかな考えをする自分がいた。  その後、匠志くんは長い時間をかけて気に入った1枚を選び、俺も店長さんに挨拶をして店を出た。  外に出ると強烈な日差しが顔と体に降り注ぐ。  景色の歪みに目を細めていると、目の前に匠志くんの手が差し出された。 「はいこれ、今日付き合ってくれたお礼」 「え?」  見ると、さっき俺が気になっていた合皮の栞があった。クジラが端っこにちょこんと刻まれている。  他にもクラゲや猫、花なんかも彫ってあるものが置いてあったけど、クジラの栞は1番気になっていたものなので驚いた。 「それ、ずっと見てたでしょ。気に入った?」 「え、嬉しい……ありがとう」  わざわざお礼なんていいのに、と思いながら指先でそれを撫でる。ザラザラとした触り心地が癖になる。 「ちょっと元気出た?」  不安を払拭してくれるかのようなその柔らかい笑顔に、つい泣き出しそうになってしまう。  この人は自分の気持ちをよく分かってくれる人だと前から気付いていたけど、改めて匠志くんの心遣いをありがたく思った。 「ごめん……俺、元気なかったよね」 「誰だってそんな日はあるよ。晴れの日もあれば、曇りの日もある。今日の優太くんは雨模様?」 「うん……」  来た道をゆっくりと戻りながら、もらった栞をやさしく握る。  匠志くんは、俺がバイだってことも、十夜に片想いをしていることも知らない。  いまの悩みを包み隠さず話せたらいいけど、簡単には伝えられそうになかった。   「ちょっと、俺がワガママ言って、友達を怒らせちゃって……もう嫌われたかなって」  口に出してみると恥ずかしかった。  小学生じゃあるまいし、この歳になってそんなことでウジウジしているのかと笑われても仕方ない。  そんなの、ただ謝ればいいだけだ。  そう言われそうだけど、謝って許されたとしてもきっと、特別な感情を抱いている俺は十夜とは普通の友達はやっていけないかもしれない。 「喧嘩かぁ……優太くんは、ワガママっていうか、その友達に賛同できなかったから意見しただけじゃないの?」 「あ、そうだね……俺が友達に合わせられれば良かったんだけど、それができなくて」  そのあと言葉を続けなかったからか、匠志くんは察したみたいで、どんなことで喧嘩したのか根掘り葉掘りは聞かなかった。  歩きながら何気ない口調で 「優太くんは、その人のことを大切に思ってるんだね。きっと相手も、優太くんを怒っちゃったことを同じように気にしてると思うよ」 「そうかなぁ」 「俺もさ、去年、バンドのやつらと大喧嘩したんだ。売り言葉に買い言葉で止まんなくなって、最終的には解散するかって話にまでなったんだよ」 「え! そうだったの?」  まさかの話で信じられなかった。  匠志くんのバンドは同じ高校に通っていた先輩後輩で結成したと聞いた。  互いに信頼しきっている雰囲気が出ているし、配信や本人たちを実際に見てみても朗らかで、言い争っているシーンなど微塵も浮かばないのに。

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