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第71話 戸惑いを隠せない

 他人の空似かと思い、より近付いて見ようとする。ふらりと歩き出した俺の後ろを、不思議そうに匠志くんが付いてきた。 「優太くん、どうしたの?」 「知り合いかも、と思って」  独り言を呟きながら、ビルに歩み寄って見上げる。  今度は鮮明に顔が見えた。  あれは十夜だ。  K高校の制服姿で、男友達2人とスマホを片手に談笑している。 「あ、あの人って確か、この前優太くん家に来た……」  匠志くんも俺の隣で同じように2階を見上げて気付いていた。  それでもう確定だった。  単に似ているだけだと、心のどこかで願っていたがダメだった。  とたんに匠志くんがムッとした顔になる。 「なんだよー、俺、あの人のこと年上だと思って接してたのに高校生なのかよ。しかも俺にタメ口きいてたし……まぁ、CD買ってもらえたから許すけど」  文句を言う匠志くんの横で、俺は頭が混乱していた。  十夜は27歳の古本屋の店主で、いつかは店を継ぐ人なんじゃないの?  なんで高校生なの? いつから?  ──もしかして、出会った時から俺に嘘を吐いていた? 「ごめん、ちょっと行ってくるね」  俺は逸る気持ちを抑えて入店した。  注文を待つ客の列を通り過ぎ、2階に上がる。  上がりきって、目にした光景に何も言えなくなった。  十夜と話していたのは、短いスカートを履いた女子高生。トレイを持ったまま、十夜に笑いかけている。  心に真っ黒い墨を塗り付けられたような気持ちになった。  あれがきっと、『本当の』彼の姿だ。  クラスの中では誰よりも目立って、お調子者の人気者で。きっとモテるだろう。  彼は今まで何人もの人とお付き合いをしてきたと言っていた。  もしかしたら今話している人もそうだったのかもしれないし、これから付き合う予定、もしくは現在進行形の相手かもしれない。  勝手に妄想して悲しくなって凹んだが、フツフツと悔しい思いも湧いてくる。  十夜が俺に嘘を吐いていたことを、どうしても許すことができない。  ひとしきり話した女の子は踵を返し、俺の隣を横切って奥の席へ腰を下ろした。それを見計らって、俺はつかつかと十夜の元へ歩み寄る。 「十夜」  向こうを向いていた十夜が俺の声に反応し、振り返る。  俺を驚きの表情で見つめ、息をのんだ気配があった。  十夜の友達2人も俺を見て同じように固まっている。 「十夜……って、高校生だったのか……?」  戸惑った表情の十夜を見つめながら考えた。  確かに、たまに違和感は感じていた。  初めの頃は言葉遣いが大人っぽかったのに、会う度に口が悪く、どんどん幼くなっていたこと。  自分に心を開いてくれていた証だと思っていたが、実際はそうではなかった。  まだ10代で、大学生の俺よりも年下だからだった。 「あ、えっと……」  十夜は視線が泳ぎ、今までに見たことがないくらいに動揺していた。  上手くごまかせないか、逃げられないか、そんな風に考えていそうな気がして、ますます腹が立った。 「あ、あのー、こんにちは! 優太クンですよねー? 俺は、十夜の友達の賢人です。優太クンのことは、十夜からいろいろと聞いてまして~」  場違いな笑い声に目を向ける。  十夜の友達の1人……金髪に近い茶髪の男が、俺に笑いかけてきた。 「いろいろ……って……」  そんな風に明るく挨拶をされてもわけが分からない。  俺はその男の向かいに座っている、黒髪の男にも目を向けた。  目が合うと、心臓がギュッと痛んだ。  切れ長の黒目がちの目に、横に引かれた薄い唇。  俺がかつて好きだった同級生に、どことなく雰囲気が似ていたから。  嫌でもあの時のことを思い出す。  寝転がった彼に覆いかぶさろうとしたら、『本気で付き合うわけが無いだろ』と大爆笑されたこと。  そこで、パズルのピースがカチッとはまった。  この男の間延びしたような喋り方と、十夜とのLINEのやり取り。もしかして。 「十夜、俺にLINE送る時、この人に打ってもらってた?」

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