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第72話 何よりも辛い言葉
図星だ、と思ったのは、また十夜が気まずそうに視線を逸らしたからだ。
今度こそ、怒りでお腹の中が焼けてしまいそうだった。
同じだった。十夜もあの人と同じように、俺のことを笑っていたのだ。
この友人2人も、全部知っているのだろう。
俺の性癖のことはもちろん、セーラー服姿の俺がベッドの上で十夜に応えられなかったことまで──
そう思うと恥ずかしくて耐えられなかった。
秘密を晒されて平気なわけがない。
空気が濃度を増していく重だるい雰囲気にも耐えられなくて、俺は十夜たちに背を向け、歩き出した。
十夜がすかさず俺の腕を掴む。
「ちょっと待てよ。俺、優太さんに話したいことがあるんだよ」
「俺は無いし……ていうか、俺の方が年上なんだから敬語使いなよ」
わざと意地悪く言うと、俺の腕を掴んでいた手の力がすこし緩んだ。
「い、言おうと思ってたんだって。だから、話があるって優太さんにLINE送ったんだよ。見てない?」
「見てない。それに、俺は別に話すことは無いから」
「待てって」
階段を降りようとしたら強い力で引っ張られた。
その時、奥の席に座っていた、さっき十夜と仲良さそうに話していた女子高生と目が合ってしまった。
驚いているその視線にも恥ずかしくなって、俺は十夜の手を振り払っていた。
「俺のこと、心の中ではずっと笑ってたんでしょ! 友達とみんなでバカにしてたんでしょ! おかしいと思ってたんだ……十夜、LINEになるとキャラ違うなって感じてたし、27歳の割には幼いなって……俺はずっと、十夜のこと、友達だと、思ってたのに……」
「優太さん」
じわじわと、目の奥が重く熱くなってくる。
そんな風に名前を呼ばないでほしい。
十夜の低い声が胸の深いところに響いて離れがたくなってしまう。
俺は涙を堪えて深く息を吸い込み、十夜に向かって叫んだ。
「この……老け顔っ!!」
しーん、とその場が凍りついた。
一気に緊張が走る。
静かになったあと、十夜の友人2人が揃ってポツリと呟いたのが聞こえた。
「あーあ……ヤバいよーそれは……十夜が1番気にしてるやつ」
「謝っておいた方が身のためだぜ」
言ってはいけないことだったと多少申し訳なくはなったが、俺から謝るつもりはない。
十夜は眉根を寄せて何かを考えこんだあと、俺の胸ぐらを掴んできた。
殴られる──そう思ったけど俺は怯まなかった。
毅然とした態度で十夜を見つめていると
「……俺は、アンタを友達だと思ったことは1回も無ぇよ」
奥歯同士を噛み締めたような苦しい表情で告げられた。
それは物理的に殴られるよりも遥かに痛い言葉だった。
ショックなんて簡単な言葉では言い表せないほどの。
だったら俺は十夜にとってなんだったのか。
髪を染め、一緒に食事をして、家に見舞いに来てくれて。
出会ってからこれまで共に過ごした時間が走馬灯のように駆け巡る。
俺は今度こそ手を払って階段を降りた。
十夜も友達も追いかけてくる気配はなく、ただ匠志くんだけが俺の後を付いてきた。
初めは怒りや悲しみがごちゃ混ぜになった感情が襲ってきたせいで、思わず大股で早足になっていたけれど、徐々に足取りは重くなっていった。
立ち止まると、匠志くんが隣から声を掛けてくる。
「優太くん、大丈夫?」
「うん……ぜんぜん、大丈夫」
ほんとは大丈夫じゃない。
だけどそう言わないとダメだと思った。
俺はいつもそうだ。
好きな気持ちは一方通行で、相手と繋がることができない。
今回は友達にさえなれていなかったみたいだ。
我慢していたけど、ついに泣き出してしまった俺の背中を匠志くんはずっと撫で続けてくれた。
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