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第73話 残るのは虚しさと寂しさ

 それから十夜とはそれっきり。  結局、話があるというLINEに既読さえ付けられずに放置した。  夏休みに入ったから、俺がすることといえばバイトくらいだった。  匠志くんはレンタカーを借りてバンドのみんなと北から南までライブハウスを巡れるだけ巡るとのこと。  あの日以来会えていない。 『優太くんも一緒に行ければ良かったけど。いつでも連絡してね!』  十夜のことを最後まで悪く言わなかったし、泣き止んだ俺にそっと寄り添ってくれたのが嬉しかった。  匠志くんには世話になりっぱなしだった。  泣き止んだあとはカラオケに誘ってくれて、朝まで一緒にいた。  気遣ってくれた匠志くんにたくさんお礼を言って別れたけれど、俺がもし匠志くんを好きになれていたらどうなっていたのかなと考えた。考えたところで答えは全く出なかった。  騙されていたのに、あんな風に冷たく言い放たれたのに、まだ十夜を諦めていないなんて。  日にちが経てば気持ちもなくなると思っていたのに逆だった。十夜に会いたくて仕方なかった。  実際に会っても思っていることの半分も伝えられない気がするけど、とにかくまた、十夜といっしょに笑いたかった。  過去は変えられないから、悩む。  悩んでグルグルして身動きがとれずに、今日も昨日と同じようにバイト先へ繰り出すだけだ。  変えようとしなければ何も変わらない。その方が安泰だから。  その日も茹だる暑さの中、バイトのためにライブハウスへ向かった。  その時、入口付近に男2人組が壁に背を付けて立っているのが見えた。なんだろうと近付いていくと、2人の目がこちらを向く。  俺は立ち止まって目を見開いた。 「あっ優太くーんッ」  十夜の友達が馴れ馴れしく俺の名前を呼んで、笑って手を振ってきた。  この間、自ら名前を名乗っていた気がしたが忘れてしまった。  隣にいる黒髪の人は笑っておらず、何を考えているのか分からない。  俺の顔をじっと見つめられると、ライオンに睨まれたウサギみたいな気分になる。  何かを見透かそうとするようなその目に耐えきれず、視線を外した俺は人懐こそうな彼の方に文句を言った。 「あの、俺の方が年上なんだから、その呼び方やめてもらえるかな」 「かたいこと言わないでよー。せっかく優太くんに会いに来たんだから」  会いに来たと言われても困る。  こんなところで待ち伏せされて、店長や他の従業員に迷惑がかかるかもしれない。 「な、なんですか? 俺これからバイトなんだけど」 「時間は取らせないから。アンタに渡したいものがあって来たんだ」  黒髪の人が俺に手渡してきたのはシリコンのブレスレットだった。俺の手首にあるものと同じピンク色の。  どうしてこれを俺に。 「これ、十夜が俺にくれたんだけど、俺はいらないからアンタが持っててよ」  怒っているのか呆れているのか、黒髪の感情が読み取れなくてたじろぐ。  俺は改めて手の中にあるブレスレットを見つめる。  お揃いだよ、とはしゃいでいた頃が懐かしい。  コレがいらないってことは、自分自身との今後の関係を断ち切りたいと言われたのも同然だ。  わざわざ友達に渡すだなんて、十夜も馬鹿だな。勝手に捨ててくれれば良かったのに。

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