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第74話 アンタはそれでいいのかよ

 俺は黒髪にブレスレットを差し出した。 「俺もいらないよ。勝手にそっちで捨ててよ……俺と十夜は、友達でもなんでもないんだから」 「ていうか、十夜は何で俺にくれたんだと思う」  急に問われても、すぐには答えられなかった。  何でって言われても、いらないからあげたってだけだろう。そんなに真剣に考えるようなことじゃない。  お調子者そうな茶髪の彼も同意見だった。 「俺は分かるよー! あの時ゴミ箱が近くに無かったから新に面倒を押し付けたかったんだよね!」 「いや、ケンは黙ってろ。話が進まないから」  怒られた理由が分からないみたいで、ケンという人は「あぁはい」と納得いかない顔をしつつも一応大人しくなった。  あらた、と呼ばれたこの人がまた俺を見下ろしてくる。 「本当にアンタのこと面倒になったんなら、そんなの秒で捨ててんだろ。十夜は意地っ張りだから何も言わないけど、ほんとはアンタと仲直りしたいんじゃないの」  ブレスレットを見つめながら俺は唇を噛む。なんだよ、十夜もこの人も俺をアンタアンタって。敬語を使え。  内心ムカムカしていたが、見解を聞かされて少しだけ心が揺れた。十夜はコレを捨てようとはせず、友達に託したのか。  だからといって、じゃあ謝りますという訳にもいかない。  こっちは色々と騙されてきたのだ。 「だから俺が謝れってこと? 元はと言えばそっちが悪いのに、どうして俺から言わなきゃなんないんだよ。わざわざそれを言いに来たのかよ」  年下とはいえ、俺よりも冷静で大人っぽく見える相手にタメ語を使うのはちょっと勇気がいった。  新は特に表情を変えずに見つめ返してくる。  そこに飛び込んできたのはまた場違いな男の声だった。 「優太くんは年上なんだから謝ってあげてよ~! 十夜、あの日から元気なくしちゃってるんだよ? 毎日毎日、大好きなクリームパンしか喉を通らなくなっちゃったみたいで……このままだとアイツ、身体中クリームパンになっちゃうよー!」 「大好物が食えてんだったらいいだろ!」  素早くツッコミを入れた俺は2人の間を通り過ぎ、ライブハウスへ続く階段を降りた。  ドアノブに手をかけた時、また低い声が背中に降ってくる。 「アンタはそれでいいのかよ」  振り返ると、今度は少し眉根を寄せて不機嫌そうにしている新が見えた。  何言ってんだこいつ、と思いながら反論した。 「……どうせ、俺のこと笑ってたんだろ。LINE見て、俺の性癖で笑って」 「本当のことを言わなかったのがそんなに悪いのかよ。昔アンタが好きだったやつと十夜は全然違うぜ」  やはりこの人は俺の過去を知っているらしい。  羞恥心はもう通り越したので、そこまで気にはならなかったが俺は唇を噛んで眉根を寄せた。 「十夜とこれまで一緒に過ごしてきて、楽しくなかったのかよ」  さらに付け加えられて、顔がカッと熱くなる。  楽しかったよめちゃくちゃ。大好きだったよ。  だからこんなに悩んでいるんじゃないか。どうしてそんな当たり前のことを他人に言われなくちゃならないのだ。  俺は今度こそ2人を置き去りにして中に入った。  何も無かったように仲間たちに笑顔で挨拶をしてロッカーに行った。  手の中にシリコンブレスレットがあったことに今気付いた。すぐそこにゴミ箱があったけど、その中に捨てることはなく、俺はそれをカバンの奥へ突っ込んだのだった。

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