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第75話 感情を押し込められない
いろいろあったせいで、その日のバイトはあまり集中できぬまま終わった。
ドリンクのオーダーを3回も間違えてダメにしてしまい、さすがに店長に怒られた。
塞ぎ込んだ気持ちのまま、退勤ボタンを押して店を出る。当たり前だけど、あの2人の姿はすでに無かった。
家までの道のりをとぼとぼ歩く。
生ぬるい夜風に当たっていると、アンタはそれでいいのかよ、と冷たく言い放った新の言葉がまた思い出された。
いいわけない。それで良くないから悩んでいるのだ。
「……ごめん」
って、言えるだろうか。
小さく呟いてみたけど、十夜のあの顔と言葉を思い出したら涙が滲んでしまう。
俺を友達だと思ったことは1回も無い──
はっきりとそんな風に拒絶されたのは初めてだった。
俺を大切にしてくれると、かつて十夜は俺に言ってくれた。あの時は嬉しくて、とにかく大好きなのだと心が暖かくなったのに。
「……好きです」
って、これこそ言えそうにない。
というか俺はさっきから道端で独り言を呟きながら歩いていて完全に怪しいヤツだ。
けれど今なんとなく、心の内をさらけ出したい気分だったのだ。
急に十夜の友達2人がやってきたという思いがけないことがあったせいだ。
きっと十夜に内緒で俺のところに来たのだろう。
それくらい、あの2人も十夜のことが好きなのだ。
いつもの道のりを外れて、喫茶店の前にやってきた。閉店までにはまだ時間がある。
ドアを開閉すると、カウベルがカランと鳴った。
「いらっしゃい」
野中さんはカウンターの中から笑顔を向けた。
カウンター席にはスーツを着た男性が座っていたが、ちょうど帰り支度をしていたようで、お金を払ってすぐに店を出ていった。
後片付けをしながら、野中さんが声を掛けてくれる。
「なんだか久しぶりだね、優太くん。ゆっくりしていって」
いつもの、と言って飲み物が出てくるくらいの常連客でも無いのに、野中さんはいつでもあたたかく出迎えてくれる。
冷えたアイスコーヒーを1口飲むと、やっと一息つけた気がした。
「何かあった?」
俺はストローを口にくわえながらふっと顔を上げた。
野中さんは頬杖を付いて俺の顔を真正面から覗き込んでくる。
「どうしてそう思うんですか?」
「んー、なんとなく。勘というか……口数が少ない気がして。僕で良ければ話聞きますけど」
「あの……じゃあ、聞いて、ほしいです」
恥ずかしいけれど、素直な気持ちを伝えてみた。
前の俺だったら笑って「何もないですよー」と誤魔化していただろうけど。
なんだか最近、自分の感情を押し込めることができない。
前は嘘の笑いを作ることは簡単だったが、いまは悲しくても笑えない。
悲しい気持ちは素直に悲しそうな表情をつくる。
「十夜と……色々とあって」
俺はそれから、これまであったことを少しずつ話した。
話が飛んでごちゃごちゃになった時にはコーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせた。
「実は高校生だったって分かって」と言うと、野中さんは「そうでしたか」と言うだけで特に驚きはしなかったので、きっと知っていたのだろうと思った。
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