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第77話 今やらないと後悔する

 野中さんにもらった店の名刺を頼りに、知らない街を歩いているうちに目当ての古本屋を見つけた。  少し離れた電柱の影からこっそり覗く。  木造の小さな2階建てで、見た感じ築30年くらいは経っていそうな代物だった。ガラス窓から見える棚の中は、本でひしめき合っている。  電気は点いているが、中に客どころか店員さえも見当たらない。  本当にこんな場所で十夜は働いているのだろうか。  しばらくすると、店の照明がほんの少し暗くなった。きっともう閉店なのだろう。  店の中から人が出てきてハッとした。  久しぶりに見る十夜だった。エプロンを付けた彼は気だるそうに首を回してから、フックが付いた棒を重そうなシャッターの縁に引っ掛けて下ろした。  古本屋で働いていたのは嘘じゃなかったみたいだ。  もう1つのシャッターを下ろそうとしているところを見て、今日はこのまま帰ろうかと思った。だが野中さんがネックレスを掴みながら『勇気を出して』と言っているシーンが浮かんだ。  今日話さなかったら、きっと一生後悔する。  そう思った俺は手をぎゅっと握りしめ、1歩ずつ近づいていった。 「十夜」 「……!」  大きく目を見開いた十夜は、シャッターを下ろす作業を放棄して店の中へすばやく駆け込んだ。  逃げられたことにショックを受けるよりも早く、俺はその後を追う。  店に入ると、古本屋独特の、ちょっと埃っぽい香りが鼻につく。  本は棚だけには収まらず、棚の上や小さなカウンターにも積み上がっていた。地震でも起きたらすべて崩れ落ちてしまいそうだ。   十夜はカウンターに積み重なった本に背を付ける形で俺に向き合った。 「な、何しに来たんだよ。ていうかどうしてこの場所が」 「野中さんに教えてもらった。ちょっとでいいから話そう?」 「俺と話すことは無いって言ってただろ」 「あるよやっぱり。たくさんある」 「……」  十夜は気まずそうにくるりと背を向け、じっとしている。  拒絶されていることに不安を覚えるけど、勇気を振り絞って声をかけた。 「あの……」  そのまま、言葉が喉の奥につかえてしまう。  想像の中の自分は饒舌なのに、本人を目の前にすると何をどう言ったらいいのか分からない。  ちゃんと言わなくちゃと思えば思うほど顔が強ばる。 「なんだよ。用が無いんだったら帰れよ。店閉めるから」 「あるよ……っ、ある……」  硬い声に心がヒヤリとするが、自分を鼓舞してポケットからブレスレットを取り出した。 「これ、十夜のだからちゃんと持っててよ」  振り返った十夜はそれを見て訝しむ。  俺の手首に嵌っている物と同じ物だからだろう。 「それって、またアイツからもらったのかよ」 「違うよ、これは十夜の。俺とお揃いなんだから持ってなくちゃダメだよ」 「俺それ、捨てたはずだけど」 「捨てたんじゃなくてあげたんでしょ、友達に」  目を白黒させた十夜だったが、なんとなく理解したようで少しだけ呆れたように笑った。 「なんだよ。新、わざわざ届けに行ったのかよ」 「ライブハウスの前で待ち伏せされた。十夜は本当は……俺と仲直り、したいんじゃないかって」  心臓バクバクのまま少しの期待を込めて言って、十夜に手を差し出す。  だが受け取ってもらえずに、十夜は何かを考えながらじっとブレスレットを見つめるだけだ。 「そもそも喧嘩してたっけ、俺たち」  吐き捨てるように言われて、ますます胸が痛くなる。  十夜は俺と仲直りしたいって思ってないのか。  俺とはもうこのまま、会わなくなってもいいのだろうか。  頭がグルグルとするが、ちゃんと伝えたい。  もうやめよう、遠回しな言い方をして逃げるの。

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