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第82話 ずっと探していたんだよ
客足が途絶えたところで、いつものように自分もお手伝い。
CLOSEの看板を掛け、店内の照明を落として最小限の灯りにする。
着替えを終えた十夜とカウンター席に並んで座り、レジ締め作業をする野中さんと談笑をしていると、ふいにカウベルの音が鳴ったので3人でそちらを向いた。
見た感じ30代くらいの背の高い男性が、戸惑いと驚嘆を混じらせた目をして立っていた。
「すいません。もう閉店なんすけど」
その男性に1番近い場所にいた十夜が声を掛けたのと同時に、カウンター下の棚がガタンッと大きな音を立てた。
野中さんが勢いよく後ずさりしたせいで、足が当たったようだった。
「どうして、ここが……」
野中さんは口を戦慄かせている。
男性は特に動揺することもなく、淡々と語った。
「SNSで、この店を見つけて」
「う、嘘だ……店の住所は非公開にしてるから」
「これ、智洋だろ? 昨日アップされてたんだ。俺が見間違えるはずない」
その男性は動揺する野中さんの近くまでやってきて、スマホを見せつけた。俺と十夜もその画面に釘付けになる。
それはここで働く十夜の写真だった。
ちょうどテーブルにカップを置く瞬間で、はっきりと十夜の横顔が写っている。あたかも隠し撮りしたかのようなアングルだった。
どうやらバズったらしく、それなりにいいねマークが付いている。
#喫茶ボーイ、#イケメン店員、その下に #大学生のアルバイト店員 とタグが付けられていることに気付いた十夜はムッとしたが、それよりも気になるのは、写っている十夜のすぐ後ろに見える人影。
そのシルエットから男性だというのは分かるけど、ピントが合っていないからボヤけていて顔は分からない。それなのにこの男性は、これは野中さんだと理解したのか。
この男性が『智洋』とすんなり呼んだこと、そして野中さんの慌てぶりからして、すぐに察した。
この人は野中さんの元カレさんだ。
野中さんに会いに来たんだ。
「な、なんだよ、こんな写真、許可してない」
「そうだと思って、投稿者にメールを送ったよ。今は削除されてる。通報しない代わりに、この喫茶店の場所を教えてくれって頼んだ」
「困ります、いきなり会いに来られても」
野中さんは無意識にシャツの上からネックレスのトップをギュッと掴んでかぶりを振っていた。
首元に見えた銀色をチェーンを見た男性はハッとした。
「それ、まだ付けてくれてるのか」
「えっ?! 違いますっ、これは……」
シャツから素早く手を離してブンブンと宙に振っている。
挙動不審だ。
東さんにバケツの水をぶっ掛けて獲物を殺すような目をしていた人と同一人物とは思えないくらいにオドオドとして、しまいには涙目になっている。
そんな野中さんのことを、男性はどこか慈しむように優しく見つめていた。
あぁ、きっと2人は、もう大丈夫だ。
俺も胸がいっぱいになってしまい、ちょっと涙が滲んだ。
2人のやり取りを静かに聞いていた十夜は、おもむろに立ち上がった。
「んじゃ優太さん、帰ろっか」
「あ……うんっ」
十夜は「じゃあ」と野中さんに挨拶をするが、縋るような目が突き刺さる。『どうか2人きりにしないでくれ』と訴えているのが分かる。
そんな野中さんに、十夜は笑顔で言った。
「今度は、野中さんが勇気を出す番っすよ」
なぜか勝ち誇ったように、俺の手をギュッと握りしめてきた。
急な感触に肌が粟立って頬を赤らめながら、手を引かれて店を出る。
カランカランと子気味よくカウベルが鳴ったと同時に緩く振り返ると、ついに顔をくしゃくしゃにした野中さんが男性の胸の中にふわりと収まるのが見えた。
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