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第2話 食いしん坊な狼/食べ物で釣る狩人
「おいしい? 焼き加減は大丈夫だった? あ、おかわりいる?」
「あの、おいしい、です。おかわりは、えっと……」
チラッと目の前の大きな男を見る。
……こいつって、人だよな。小さいときから「人は恐ろしい生き物だから、うかつに近づいたらいけない」って言われてきたけど……そんなに怖い生き物か? だってメガネをしているし、ずっとニコニコ笑っているし、分厚くてうまい肉だってくれるし。
まぁメガネは関係ないかもしれないけど、メガネをしている奴は大体弱いって聞いていたから、少なくともこいつは強くないと思う。
それに、分厚い肉にがっついても怒ったりしない。家じゃあ兄貴たちのおこぼれみたいな小さい肉しかもらえないうえに、がっつくとすぐに怒るんだよな。……ってことは、こいつは人だけどいいやつなのか?
「遠慮しなくていいよ。はい、これもあげる」
「!」
(自分の分の肉までくれるなんて、いいやつだ……!)
兄貴たちなんて絶対に食べ物をわけてくれたりしないし、なんなら横取りしようとさえする。末っ子のオレの食べ物を横取りしようなんて、ひどい兄貴たちだよな。
「そういや豆は苦手だって言ってたよね。スープの豆、残してもいいからね?」
「だ、大丈夫! 食べれるし!」
「そう? 無理しなくてもいいんだよ?」
「平気! それにこの豆、うまいから!」
「そりゃよかった」
肉をくれたからお世辞を言ったわけじゃない。家で食べる豆は硬くて味がしなくて嫌いだけど、このスープに入ってる豆は柔らかくて甘い味がしておいしかった。同じ豆だなんて思えないくらいだ。
オレはスプーンとフォークを動かしまくって、肉と豆のスープを交互に食べた。っていうよりも、うまくて手が止まらないんだ。
(あ~、うまい! すっげぇうまい! 幸せ~……)
こんなうまいものを食わせてくれるなんて、人っていいやつじゃん。
「そろそろデザート出そうか」
「へ?」
「リンゴのコンポートなんだけど、食べる?」
「!」
“こんぽーと”っていうのは知らないけど、リンゴは好きだ。リンゴは森の中にたくさんあるから、オレたちにとって甘いものって言ったらリンゴなんだ。だからリンゴは好きだし、くれるって言うならもらおうと思って「うんうん」って大きく頷いた。
大急ぎで口の中にあった肉を飲み込んで、残りのスープを一気に口に流し込む。そうしないと、オレの食べるリンゴがなくなってしまう。
「そんなに慌てて食べなくても、デザートは逃げたりしないよ」
「っ!」
そうだった、ここにはオレの食いもんを奪う兄貴たちはいないんだった。つい、いつものクセで慌てて食べてしまったや。それでいっつも親父に「行儀が悪い」って怒られるんだけど、目の前の人はやっぱりニコニコしているだけで怒ったりしない。
ほら、やっぱり人っていいやつじゃん。それに、リンゴまで持ってきてくれるし。
「はい、召し上がれ」
「いただきます! ……! う、うま~っ!」
「あはは、よかった」
なんだこれ! オレが知っているリンゴはもっと硬くてシャリシャリして、甘い中に酸っぱい味がするのが多い。だから、甘いだけのリンゴにはたまにしか当たらないんだ。それなのにこれは柔らかくて甘くて、噛んだらジュワ~ッて甘い汁が溢れてきた。
しゅわしゅわしたリンゴもうまかったけど、オレはこっちのほうが好きだ!
「お気に召してもらえたようで、よかった。うん、おいしいって言いたいのはわかってるから、ゆっくり食べな?」
口いっぱいに頬張るのは悪いクセだっていっつも兄貴たちに言われてきたけど、この人はそれも怒ったりしない。それどころか、甘いリンゴをもっと皿に入れてくれた。この人、すっげぇいいやつだ!
「ははは、耳がピクピク動いてかわいいなぁ」
(…………え? いま、耳が動いてって……、え!? オレの帽子! 帽子がない!)
頭を触ったらいつも被っているニット帽がなくて、オレの指はピクピクしている耳に当たった。
「帽子、オレの、ない! それに耳、耳は見られたらダメだって、なのに耳、見えてるし!」
人には絶対に耳と尻尾を見られたらいけないんだ。見られたら捕まったりひどいことをされたりするぞって、じいちゃんたちが話していた。人に捕まった狼は皮を剥いで毛皮にされたり、きれいな狼は奴隷にされたりするって話していたのを思い出して、急に怖くなった。
(どうしよう、オレ、狼だってバレてる……!)
「帽子、帽子がないと、耳、見えて、」
「あぁ、ごめん、驚かせちゃったかな。大丈夫、僕は狩人だからきみが子どもの狼だってわかってるよ」
「かりゅうど、って……」
狩人は狼を捕まえる怖い人たちのことだ。人の中でも一番捕まったらいけないのが狩人だって、オレだって知っている。それなのにオレ、狩人に捕まっちゃったんだ……!
「あー、ええと、泣かないで? そっか、狩人って言ったら子どもは怖がるのかぁ」
狩人が眉毛を下げて困った顔をした。っていうか、オレ、泣いてなんかいないし! ちょっとびっくりして、それでほんのちょっと涙が出そうになっただけだし!
「困ったなぁ。ええとね、僕は狩人だけど普段はただの料理人だから大丈夫だよ? ほら、料理人だからお肉も焼けるしスープも作れるし、おいしいデザートだって作れる。ね、だから大丈夫」
「……だって、狩人は狼、捕まえるって、」
「それは悪いことをした狼だけだよ。きみは悪いことしてないでしょ?」
「オレ、勝手に家入ったし、リンゴ、おいしいリンゴの水、飲んだし、」
言いながら、またちょびっと涙が出た。だって、あのリンゴの水を盗んで飲んだのはオレだ。きっと捕まってしまうんだって思ったら、もっと涙が出てきた。
「それは問題ないから。家主である僕が問題ないって言ってるんだから大丈夫。あぁ鼻水まで出ちゃって。顔拭いちゃおうか。あ、ゴシゴシしたら痛いよ」
袖で目を擦ったら、ますます涙が出てきた。だって、目の前にいるのは狩人だ。強い大人たちでさえ「絶対に捕まるな」って言う狩人に捕まったんだと思ったら、どんどん涙が出てきた。
ビビリでチビだからだよ、っていうナツヤたちの声が聞こえた気がした。そんなの関係ないじゃんって思っても、どんどん涙が出てきて止まらなくなる。
「うぅ、狩人に、捕まったぁ……」
「捕まえてないから、ね? 捕まえてたらご飯なんて一緒に食べないし、デザートだってあげないでしょ。だからきみは捕まってない」
「うぅ~」
「大丈夫だから。僕はいま狩人の仕事はしてないから、きみを捕まえたりしないよ。ほら、泣かないで」
本当かな……。だって狩人は強いって教わってきたし、人は嘘をつくから怖いんだってばあちゃんたちが話しているのも聞いたことがある。
オレはゴシゴシ目を拭きながら、そぅっと狩人の顔を見た。
「大丈夫だから。はい、こっちのきれいな布で顔拭こうか。泣いたら喉乾いたでしょ。ええと、たしかリンゴジュースがあったはず……。あぁ、あった。はい、これも甘くておいしいよ?」
(…………この人、本当に狩人なのかな……?)
さっきから心配そうに声をかけてくれたり、いまだってリンゴジュースくれたり、怖いことは全然してこない。……もしかして、狩人って怖くないとか? もしくは、この人は普通の狩人と違うとか……?
目の前にあるリンゴジュースのコップを見てから、狩人の顔を見た。「飲んでいいよ」って言われて、ひと口だけ飲んでみる。……うぅ、鼻が詰まって飲みにくいけど、さっきのリンゴと同じで甘くてうまい……。
「落ち着いた? あー、ごめんね。やっぱり子どもだったのかな。子どもは狩人ってだけで怖がるなんて知らなかったんだ。でも、そうだよなぁ。大人ならいろんな事情を知ってるから大丈夫だとしても、子どもはわからないだろうから怖いよね。ごめんね、僕のうっかりで」
……この狩人は、たぶん普通の狩人じゃないんだ。だって、さっきからオレに謝ってばっかりだし、全然怖くない。頭を撫でている手だって、親父や兄貴たちよりずっと優しい。
「大丈夫? もう怖くない?」
「……ダイジョブ」
ちょっとびっくりしたからって泣いてしまうなんて、ナツヤたちにバレたらまた笑われる。チビでビビりで泣き虫だってバカにされてしまう。
「もう、泣いてないし」
もらった布で目をグリグリ擦ったら、ちょっと痛くて泣きそうになった。ダメだ、こんなんじゃまた泣いてしまう。みんなに笑われてしまう。
「……もう、帰る!」
「え? あ、ちょっと、」
このまま頭を撫でられていたらまた泣きそうな気がして、急いで小屋を飛び出した。
チビとビビりって言われるだけでも嫌なのに、泣き虫なんて言われたら最悪だ。それに、人の前で泣いたなんてバレるのも嫌だった。
だって、成人した狼は狼の前でも泣いたりしないもんだって、尊敬する大兄ちゃんが言っていたんだ。狩人にも負けない大兄ちゃんの言うことは絶対だ。だからオレだって人前で泣いたりしないって決めていたのに……!
森の中を全速力で走り抜けて、見慣れた自分の家に飛び込んだ。
「こらシュウ! おまえこんな時間までどこほっつき歩いてたんだ!」
「うっさいな!」
「うるさいって、おまえ飯は!?」
「いらないっ!」
自分の部屋代わりにしてる物置に入って、扉につっかえ棒を引っ掛けて開かないようにする。こうでもしないと兄貴たちは勝手に入ってきて、片付けろとか手伝えとかうるさいんだ。
いまも扉の向こうで六番目と八番目の兄貴が何か怒鳴っているけど、そんなの知ったこっちゃない。
オレは狩人に捕まりそうになった。それに狩人の前で泣いた。成人した狼なのに、子どもみたいなことをしてしまった。こんなことがみんなにバレたら絶対に笑われるし、もしかしたら何か罰があるかもしれない。
もう二度とあの小屋には近づかないようにしないと。ナツヤたちには「やっぱりビビりでチビだから盗めなかったんだな」って笑われるだろうけど、そんなの無視だ。
「…………あ、帽子、」
しまった、帽子を取り返すのを忘れていた。
「どうしよう……」
あの帽子は死んだ母さんが作ってくれた大事な帽子だ。それなのに忘れてくるなんて、オレってば何をやっているんだよ。
「…………取りに行くしかない」
あの狩人に会うのは困るから、小屋にいないときにそっと忍び込んで取ってこよう。今日と同じくらいの時間に行けばきっといないだろうから、あとは家の中を探せばいい。
「……絶対に取り戻す」
それもすぐにだ。そう、明日、またあの小屋に忍び込んでみせる。
綿を入れた麻袋の上に寝っ転がったオレは、明日のことを考えながら、でもやっぱりすぐに眠ってしまった。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
小狼が慌てて帰ったあと、帽子を忘れていることに気がついた。よく見たら随分と使い込まれているみたいで、もしかしなくても大事なものなんじゃないだろうかと思った。
それなら取りに来るかもしれない。狼たちは人が働きに出ている間に森や池あたりをうろつくから、きっと日中にまた小屋に来るだろう。
そう思って、店にはしばらく休むと早朝のうちに話をしに行った。「ランチはどうすんだよ!」とは友人でもある店主の言葉だったけれど、そもそも僕は臨時で雇われているだけであって本来の料理人は店主のタイラだ。最近は僕のほうがメインで料理を作っているけれど、臨時はあくまで臨時。それに僕が狩人に復帰したらどうするつもりなんだか。
そんなことをつらつら考えていたら、思ったとおり小狼がやって来た。もしかして二、三日後かなと思ったりもしたけれど、翌日すぐに取りに来るなんて、やっぱり大事な帽子だったに違いない。
裏口からそっと入ってきた姿に「かわいいなぁ」なんて感想を抱きながら声をかけた。
「いらっしゃい。帽子、取りに来たんだよね?」
「ぅえ……!?」
「びっくりさせちゃったかな。ごめんね、さぁ入って」
「あ、あの、オレ、」
「昨日のリンゴのコンポート、余ったからアイスクリームと一緒に食べようかと思って用意したんだけど、食べる?」
「あ、あいすむりぃむ……?」
「冷たくて甘くておいしいよ?」
「…………甘くて、おいしい、」
あはは、ゴクッて音が僕にまで聞こえてきた。甘いものにつられるなんて、やっぱり子どもだなぁ。ま、それを狙って朝早くからアイスクリームなんて面倒なものを作っていたんだけど。
(だって子どもの狼なんて滅多に出会えないし、なんだかかわいいし)
久しぶりに気持ちが動いた。さすがに子ども相手にどうこうなんて考えたりはしないけれど、こうして餌付けして愛でるくらいはいいかなと思うくらいには気に入った。
「はい、帽子。大事なものだろうから、忘れないようにしないとね」
「……大事って、なんでわかったんだ……?」
「少しくたびれてるけど、大事に使ってるのはわかるよ。それに、……ほら、黒髪に似合う深い藍色に目と同じ緑色の模様が入ってる。きみのために作られた帽子でしょ?」
帽子を被せてあげたら、僕を見上げている緑色のくりっとした目が急に潤んできて驚いた。
「…………これ、死んだ母さんが、人型になったとき用にって作ってくれたんだ……」
「そっか。とても似合ってる」
「うん、オレのお気に入り」
てっきり昨日みたいに泣くかと思ってちょっと身構えたけれど、潤んだ目を細めた小狼はニカッと笑った。その笑顔があまりにかわいくてドキッとする。
……うーん、これは新たな扉を開きそうな予感がしてきた。いや、さすがに子ども相手に何かしようなんて思わないけど、ちょっと困った状態になりそうだ――主に下半身が。しばらくご無沙汰だからかな。
「あいすくりぃむって、うまい?」
「ん? あぁ、そう、アイスクリームね。冷たくて甘くておいしいよ? 食べる?」
「食べる!」
「じゃあ、あっちの椅子に座ってて」
「わかった!」
元気に返事をした小狼が、パタパタと軽い足音を立てて隣の部屋に走って行く。昨日よりも小さめのズボンだからか、中で尻尾がそわそわ動いているのが少しだけわかった。
(あー、かわいいなぁ)
これで子どもじゃなかったら本格的に狙いを定めるのに、残念だ。
そんなことを思いながら、少しだけ温めたリンゴのコンポートにたっぷりのアイスクリームを添えた皿と、たぶん好きだろうなと思って用意したシロップ入りの炭酸水を入れたコップを持って小狼のところへ行く。
小狼はおとなしく椅子に座っていたけれど、テーブルに置いたままだったコーヒーが入ったコップが気になるのか鼻をひくひくさせていた。
「はい、おまたせ」
「!」
「もしかして、コーヒーのほうがよかった?」
「やっぱりこれ、コーヒーか! 家のよりいい匂いだったからわかんなかったや。でもオレ、コーヒーは嫌い。だって苦いだけでまずいもん」
「ははは、たしかに苦いね」
「三番目と九番目の兄貴が好きでよく飲んでたけど、どこがおいしいのか、さっぱりわかんねぇ」
まるっきり子どもの意見に、やっぱりかわいいなぁなんて口元がにやけそうになった。
皿とコップを小狼の前に置いて、僕のほうにコーヒーのコップを寄せてからベッドに座る。
「きみにはこっちね。たぶん好きだと思うんだけど」
目の前に置いたコップを覗き込み、やっぱり鼻をひくひくさせている。それからおそるおそるといったふうにひと口飲んだ小狼は、顔をパァッと輝かせて一気に半分くらい飲み干した。
うん、思ったとおりだ。瓶の半分くらいだったとはいえシードルを飲み干したくらいだから、きっと炭酸も好きなんだろう。
「これ、甘くてしゅわしゅわしてうまい!」
「よかった。はい、こっちも食べてみて」
「うん!」
アイスクリームの言い方からして、きっと食べたことがないに違いない。温めたコンポートで少し溶け始めているのがおいしいと思うんだけど、さてどうかな。
「~~……!」
あはは、どうやらお気に召してもらえたみたいだ。目をキラキラさせて、気のせいじゃなければ頬がほんの少しプルプル震えているように見える。帽子がなかったらピクピク動く耳が見られたんだろうなぁと想像したら、被せずに手渡して返すんだったと少しだけ後悔した。
「こ、これ、なんだ!? す……っげぇうまい! あまい! つめたい! うま~い!」
「よかった。あぁ、そんなに慌てて食べなくても、おかわりあるから」
「ほんと!? すげぇ、こんなうまいの、もっとあるなんて、すっげぇ!」
「だからゆっくり食べな? 冷たいものを一気に食べるとお腹がびっくりするよ?」
「平気! もう子どもじゃないから、んなことでお腹壊したりしないって!」
……ん? もう子どもじゃないって……?
「こんな甘くてうまいの、オレ初めて食べた。大人になったらこんなうまいもん食えるなんて、誰も教えてくれなかったし……。あ! ナツヤたち、オレに内緒でこういうもん食べてたのか! くっそー、いっつもチビとか言って仲間はずれにしやがって、ずりぃの!」
大人になったら……? ええと、それって、もしかして……。
「あー、ちょっと聞いてもいいかな?」
「なんだ? あんたいいやつだから、教えてやってもいいよ?」
昨日も思ったけれど、狼なのに人に対して警戒心が薄すぎやしないかな。僕が言うのも何だけど、ちょっと心配になる。
「きみって、もしかして成体になってる?」
「もちろん! オレ立派な大人だから、こうして人型にもなれるんだぜ!」
「……そっか、やっぱり人型ってことは成体ってことか」
これまで見てきた人型の狼たちはもっと体が大きくて、いかにも強い狼ですって見た目だった。もともと人前に姿を見せるのは選ばれた巡回グループの狼たちばかりで、狩人に対抗するために力の強い個体が集められているからかもしれない。
でも、目の前の狼はどこからどう見ても成体には見えない大きさだ。立ち上がっても、おそらく頭は僕の胸の真ん中あたりくらいしかないだろう。そりゃあ狩人の僕は体が大きいほうだとは思うけれど、それにしてもやっぱり小さすぎやしないだろうか。
(大人の狼なのにこんなに小さくてかわいいとか、どういう仕組みなんだ?)
そういえば、狼の中には稀に体が大きくならない個体がいると聞いたことがある。そういう個体は狼の特性上、淘汰されると言われていたけれど、目の前の狼は生き残った小さな個体ということかもしれない。
(この大きさで大人ってことは、それはそれで貴重な個体ってことなのかな)
どちらにしても、人型になれるということは大人だということだ。大人ということは、そういう対象として見てもいいってことでもある。
(うーん、見た目からしたら完全に犯罪なんだけどな)
そもそも人と狼は種族が違う。当然、年齢の数え方や成人になる歳も違っている。成長具合も寿命も人とは違っていると聞いている。
うん、見た目は関係ないと思うことにしよう。それに僕にそんな趣味はない。……たぶん。ちょっと自信がなくなってきたけれど。
「そっか、立派な大人なんだ」
「おう! そりゃあ周りの奴らよりはちょびっと小さいかもしんないけど、オレだって大人の狼だ」
「うんうん、もう大人なんだね」
大人だって言い張るところが、またかわいいなぁ。
「あ、ほら、慌てて食べるから口に付いてるよ?」
だから、こうしてちょっと味見するくらいはいいよね。
……うん、指で触った頬はやっぱりもっちりして柔らかいし、こっちもおいしそうだ。それにペロッと舐めた唇はみずみずしくて、できればもう少し味わいたいなんて思ってしまう。でも、最初からがっつくのはよくない。
それに怖がられたらもうここに来てくれなくなるかもしれないし、まぁ、いろんなことは追い追いってことで。そんなことを一瞬で考えた僕は、おそらく満面の笑みを浮かべているだろう。
「どうしたの? さぁおかわりもあるから、たくさん食べな?」
「……お、おう」
さっきまでがっつくように食べていたかわいい狼は、まるで木で作った人形みたいにギクシャクしながらアイスクリームを食べている。もしかして、僕の笑顔に何かを感じ取ったのかもしれない。
(ま、それでも逃がしたりはしなけどね)
少し溶けた白いアイスクリームが赤い舌や唇に付くたびに違う白いものを連想してしまった僕は、もしかして自分でも気づかなかっただけで、そこそこ変態なんだろうか。
(まぁ、こんな小さい狼にアレコレ想像する段階で、十分変態ではあるんだろうけど)
そんなことを思ったからか、ますます口元が緩くなっていくのが自分でもわかった。
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