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第8話 狙われた狼

「なぁ、ミチカー。毛布、ここに突っ込んどいていいー?」 「うん? あぁ、ちょっと待って。屋根裏に上げるから、持っててくれる?」 「わかった」  台所から出てきたミチカが天井を見上げた。……あ、荷物が積んである。小屋が狭いから天井に荷物を置いているのか。  屋根裏っていうほど高いところにあるわけじゃないけど、天井に荷物が置けるような板張りの棚っぽいところがあった。そこには木の箱やら麻袋が置いてあって、端っこには弓もある。 (そっか、ミチカは狩人だもんな)  そんなことを思っていたら、オレが持っていた毛布をミチカが持ち上げた。おぉー、やっぱりミチカは大きいな。そこそこ高いところにある棚なのに、大きな毛布の塊をヒョイって感じで載っけている。 (ほんとはオレも手伝いたいけど、……全然届く気がしねぇ)  大兄ちゃんくらい大きいミチカにはラクラクだけど、ちょびっと小さいオレは背伸びしても全然届かない。ちぇっ、これじゃやっぱり役立たずじゃんか。 「そうだ。いま新しいスパイスの調合をしてるんだけど、ちょっと味見してくれる?」 「スパイス?」 「そう。今度店で新しいサンドイッチを出すから、それに挟むお肉を考えてるんだ」 「肉!」  肉のことなら任せとけ! そう思いながらミチカの後を追いかけて台所に行く。  夜ご飯を食べ終わったのに台所で何をしているんだろうって思っていたけど、そっか、労働してたのか。お日様が出てない間も労働するなんて、ミチカはすげぇな。  そんなことを思いながら、「食べてみて」って長い指が摘んでいるいつもより薄い肉をパクッて口に入れた。  ……うん、うまい! 口の中で肉のうまい味がブワッと広がって、……おぉ、ちょっとピリッとしてきた。それにほんのり甘い匂いもする。 「うまい!」 「そっか、じゃあこれでいこうかな。シュウがおいしいって言うなら間違いないからね」 「へへっ」  褒めてもらったのがうれしくて、笑顔でミチカを見上げた。  オレはミチカに褒めてもらうのが好きだ。こうやって頭を撫でられるのは子どもみたいで嫌だったけど、ミチカにならされてもいい。つーか、ミチカにしかされたくない。  ミチカとつがいになってから毎日が楽しくてしょうがない。ミチカが作ってくれるご飯はうまいし、毎日肉が出てくるし、庭のリンゴで作ったジャムを塗ったパンなんて最高だ。それにベッドはふかふかで、お湯の風呂っていうのにも慣れた。  ミチカはいっつも優しくて、オレがちょっと失敗しても親父や兄貴たちみたいに怒鳴ったりしない。逆につぎは成功するようにって教えてくれるから、いろんなことができるようになってきたと思う。  あとは、…………ええと、まぁなんだ。つがいっぽいことも結構してたりするし。 (……あ、今日から毛布、ないのか)  すっかり暖かくなったから、もう毛布は暑いねって言って、だから洗濯して屋根裏に載っけることになった。ってことは、もうベッドの上で隠れられる場所はないってことだ。 (つがいなんだから、恥ずかしがるのは変だってわかってるけど……)  裸を見られるのは恥ずかしい。だって、胸とかお腹とか、チュウチュウ吸われた赤い痕があちこちに付いているんだ。それを見られるのは、なんだかちょびっと恥ずかしかった。  そういやミチカは、どうしてかいっつもオレのちんちんをモグモグ食べる。そうされるとちんちんから何度も子種が出て、それでオレはヘロヘロになってしまった。お尻の中もたくさん触られるし、最後はヘロヘロになりすぎて動けなくなる。  だから、いつもすっぽんぽんのまま寝てしまった。裸で寝ていると赤い痕も見られるわけで、それが恥ずかしくていっつも毛布の中に隠れていた。 「それに、オレの体はミチカみたいにムキムキじゃないし……」  ミチカは「かわいいよ」って言うけど、やっぱりムキムキのほうがいいに決まってる。ミチカみたいにムキムキなところがちゃんとあるほうが、絶対にきれいだ。  だから、オレのヒョロヒョロの体を見られるのは恥ずかしくて嫌だった。 (うぅー、今日からどうやって隠そう)  これは大問題だ。そう思ってウンウン考えているのに、ミチカはニコニコしながらオレを見ている。 「ミチカ?」 「ほんと、シュウはかわいいなぁ」 「急になんだよ」 「僕のシュウがかわいくて、いますぐにでも食べたいなぁと思ってね」  ミチカの暖かい茶色の目がキラキラ光ってるように見えた。メガネをしていても、目がキラキラしてるのがはっきりわかる。  そんな目で見られたら、……ほら、やっぱり体がぶわって熱くなるんだ。 「…………ミチカが食べたいなら、オレは別に、いいけど……。つーか、つがいなんだし、いつでも食べていいぞ」  オレとミチカは狼と人だけど、ちゃんとしたつがいだ。つがいは、いつだって食べたいときに食べるものだって教えてくれたのはミチカだ。 「……どうかしたのかよ?」  ミチカを見たら、なんでか大きな手でおでこを押さえている。なんだ、頭でも痛いのか? あ、今度は大きなため息までついた。 「……はぁ、自分で教えたことだけど、破壊力がすごいっていうかね」 「はかいりょく?」 「うん、シュウがかわいすぎて大変だってこと」 「……かわいくなんて、ねぇし」 「シュウは誰よりもかわいいよ? 僕は毎日かわいいシュウと一緒にいられて幸せだなぁ」  ニッコリ笑ったミチカにぎゅうって抱きつかれて、体からジュワッて何か出そうになった。  ミチカは「今日はもう仕事にならない」とかなんとか言って、台所をすげぇ勢いで片付けた。それからいつもみたいに一緒に風呂で洗いっこして、耳と尻尾を優しく洗ってもらった。もちろんお尻の中もミチカの長い指で洗ってくれた。  風呂から出たら、裸のままベッドにごろんって寝転がる。前はちゃんと服を着ていたけど、ミチカが「もう暖かいから、寝るときは裸にしようか」って言ったから、寝るときは素っ裸だ。  だから裸でゴロゴロしていたら、顔とか口とかをチュウチュウされた。一緒に乳首をギュッと摘まれたり引っ掻かれたりもする。最近、乳首をそうやって触られると体がムズムズすることに気がついた。  ムズムズしてくると、体が勝手に暴れそうになる。手足をバタバタさせないと、ムズムズが体中に広がりそうで変なんだ。  でも、オレはもう大人だからベッドで暴れたりなんかしない。だからハフハフ息をしながら必死に我慢していたんだけど、リンゴの匂いがしたらもっとムズムズしてきた。 (だって、このリンゴの匂いを嗅ぐとお尻が変になるっていうか……)  あ……お尻に、にゅるってミチカの指が入ってきた。 「ぅあ、ふ、は、ぁう、」  そうなったら、もうオレは変な声しか出せなくなる。オレの変な声を聞きながら、ミチカがお尻の中にヌルヌルをたくさん塗った。それだけじゃない。ヌルヌル指を動かしながら、ちんちんを一緒にモグモグするんだ。 「ダ、メって……ばぁ……!」  せっかく暴れないように我慢しているのに、これじゃあバタバタしてしまう。お尻の中がビリビリして、ちんちんもビリビリして、体が勝手にバタバタしてしまうんだ。だからダメだって言っているのに、ミチカはいっつもヌルヌルとモグモグを一緒にする。  いまだって、……あっ、待って、またちんちんから出る、出ちゃうから、口から出して……! 「ぁ、……ぁふ、ふ、」 「……ん、今日もごちそうさま。でもまだ薄いねぇ。ま、これはこれで興奮するからいいけど」  ……またミチカにごちそうさまって言われた。それってすっげぇ変な気がするんだけど、つがいになったらみんな言うのかな。  じつはこの前、ちょっと森に帰ったときに大兄ちゃんのつがいに「ちんちん食べられて、ごちそうさまって言われるか?」って聞いてみたんだ。そうしたら、なんでかすっげぇ真っ赤になって、「そ、そそそ、そういうことも、つがいなら、あるよな!」って変な顔で笑ってたっけ。後ろにいた大兄ちゃんも「つがいなら当然あるな」って言っていたから、もしかしたら変じゃないのかもしれないけど……うーん、よくわかんないや。 「……うん、こっちもあと少しでいけそうだねぇ」 「ぅ、ミチカ……?」 「あぁ、楽しみだな。早くシュウの中に挿れたい」 「いれたい」って、お尻に何を入れるんだ……? あれ? そういえばナツヤたち、つがいになったら何をどこに入れるって話していたっけ……? そんなことを考えながら今日もやっぱり眠くなってきて、すっぽんぽんのまますぐに眠ってしまった。   ◯ ● ◯ ● ◯ ●  ミチカは朝から町の店に労働に行っている。オレが味見した肉のサンドイッチが、毎日すげぇ売れているんだって喜んでいた。  ミチカが喜んでくれるのはうれしい。だってミチカはオレのつがいだし、つがいがうれしかったらオレだってうれしいんだ。  そんなこんなでミチカが労働している間、オレは洗濯をする。  オレだって本当は労働っていうのをしたかったんだけど、オレが人の町でできることなんて何もない。だから兄貴たちみたいに家のことをしようと思って洗濯したら、ミチカがすっげぇ喜んでくれたんだ。それからは、オレが洗濯当番だ。  そうそう、ミチカは料理だけじゃなくて洗濯にも詳しいんだ。洗いっこした残りのお湯を使うといいよって教えてもらったときは「ほんとか?」なんて思ったけど、川で洗うより洗濯物がきれいになる気がする。本当にミチカってすげぇよな。  今日も裏庭の風呂に行って、人の洗濯用石鹸で洗濯物をゴシゴシ洗った。それからバシャバシャすすいで、最後にいい匂いの液体をちょびっとだけ入れた水に浸けておくと……なんと! 洗濯物が乾くとふわっふわになるんだ! すっげぇよな!  あとはしっかり絞ってカゴに入れて、それから庭に干せば終わり……って、あれ? 庭に誰かいるぞ。 「おまえ、誰だ?」  声をかけたら、庭にいたやつがガバッと振り返った。……なんだ、こいつ。全身真っ黒で、フードで口元しか見えないけど、すっげぇ怪しい。  小さくはないけど、大きくもない。クンクン匂っても狼の匂いはしないから、人か? 「……驚いた。最近恋人ができたと聞いたけれど、まだ子どもじゃないか」 「はぁ? 子どもじゃねぇし」 「しかも口が悪い。躾がなっていないようだね。まぁあれも狩人に転落した身、こういう輩を恋人に選んでもおかしくはないか」  なんか、すっげぇ嫌なこと言われている気がする。それに狩人にどうとかって、オレだけじゃなくてミチカのことも悪く言ってるよな。  嫌な気分になったオレは、洗濯カゴをぶら下げていないほうの手で帽子をきゅっと引っ張り下ろした。  ミチカがいないとき、オレはミチカに言われたとおり帽子を被るようにしている。ここはミチカの家だし、いつ人が来るかわからないからだ。  オレは「こんな森の奥に人なんて来るのかな」なんて思っていたけど、ミチカの言うとおりにしておいてよかった。もし帽子を被っていなかったら、耳を見られて大変なことになっていた。  やっぱりミチカはすごい。それにオレの大事なつがいだ。そんなミチカのことを、フード野郎は嫌なふうに言っている。 「いや、もはや狩人でもなかったか。たしか城下街で料理人まがいのことをしているらしいね。騎士にも繋がる狩人ならまだしも、料理人にまで成り下がるとは呆れるばかりだよ」  ……なんだろ、すっげぇムカついてきた。これって絶対にミチカの悪口だよな。 「料理人のどこが悪いんだよ。ミチカのご飯、すっげぇうまいんだぞ」  言い返してから、「あっ!」って思い出した。知らない人と話したり近づいたりしたらいけないって、これもミチカに言われたことだ。なかには怖い人もいるからって言われたんだけど……こいつ、怖い奴なのかな。 (見た感じは怖くないけど……でも、約束破っちゃったや)  どうしよう……。だけど、大事なミチカのことをバカにされたらオレだって黙っていられない。だって、ミチカはオレの大好きで大事なつがいなんだ。  でもミチカとした約束は破っちゃいけないし、でもムカつくから言い返したいし、でもこいつは人だから話たらダメだし、……うぅ~、オレ、どうしたらいいんだよ! 「本当に躾のなってない子どもだこと。誰に向かって無礼な口をきいていると思っているんだろうね。……まぁいい。どうせ最後だ」  ……なんだよ、なんで近づいてくるんだよ。 「子どもにしか見えないが、念には念を入れたほうがいいからね。この先、もし赤ん坊でもできたら面倒だ」  フード野郎がさらに近づいてきた。  ……もしかして、これって逃げたほうがいいのか? でも、こんなムカつく奴から逃げるのは負けた気がして腹が立つし、……ぅえー、本当にオレ、どうしたらいいんだよ! 「さぁ、これをお飲み」 「いや、そんな怪しいもん、飲まねぇし……」  フード野郎が目の前に瓶を出してきた。瓶の中身はうすーい黄色の水だ。  つーか、おまえみたいな怪しい奴の持っているものなんか、飲むわけないだろ! そう言いたかったけど、ちょびっと怖くなって小さい声しか出なかった。 「おまえに選択肢はないんだよ。さっさと飲むんだ」 「だ、から……っ、飲まねぇって、言って……っ」 「うるさい子どもだね。手間をかけさせるんじゃないよ」  ちょっ、うわっ、腕を掴まれた! せっかく洗った洗濯物が落ちちゃっただろ! 「ちょ……っ!」  腕のつぎに顎を掴まれてびっくりした。って、思い切り掴みやがって、痛いって! ぅあ、首、そんな持ち上げたら苦し、苦しいってば……! 「ぅあ、あ……っ、っ、げほ、げほっ」 「本当にうるさい子どもだこと」  顎を掴まれたと思ったらグイッて上に持ち上げられて、それが苦しくて口を開けたら、薄黄色の水を口の中に入れられた。「うわっ」て思ったけど、リンゴの匂いがしたせいで思わず飲み込んでしまった。知らない人に食べ物をもらわないことっていうのもミチカとの約束だったのに、どうしてくれんだよ……! 「ゲホッ、おまえ、ゴホゴホッ、なんなんだよ……っ」  水が変なところに入ったみたいで苦しい。ゴホゴホ咳が止まらない。 「くそっ、なんだよ」って思ってフード野郎の手を思い切り叩いたら、薄黄色の水が入っていた瓶が落ちてガチャンって割れてしまった。  うっ、割れたのオレのせいじゃないからな。変なもん飲ませたフード野郎が悪いんだからな。  そう思って文句を言おうと顔を上げた……つもりだったんだけど、どうしてか頭がくらっとして足がフラフラした。「あ、ヤバイ」って思ったときには、オレのほっぺたはもう地面にぶつかった後だった。  い……ってぇ。つーか、頭がぐらぐらして気持ち悪い。それに手も足も力が入らなくて、全然起き上がれない。どうしたんだよ、オレ。 「まったく、なんて手間だろうね。従僕も兵士たちも見張るばかりで何もしやしないなんて、とんだ役立たずだ。王子じゃなくなったあれに遠慮など必要ないって言うのにね。まぁこれで、あれに子どもができる心配はしばらくないだろう」  よくわからないけど、またミチカのことを悪く言っている気がする。 「あれを消すことができれば全部解決するというのに、どういうわけかどんな毒も効かないっていうんだ。それに兵士たちは絶対に切っ先をあれに向けようとしない。それじゃあ子をなせないように恋人のほうを消すしかないだろう? まったく、狩人に転落しても嫌な奴だよ、あれは」  やっぱりミチカの悪口だ。ムカついたから、せめて睨んでやろうとフード野郎を見たら、……あれ? もしかしてこいつ、女か? 髪が長いし、フードの取れた顔は化粧っていうのをしているように見える。たぶん人の女……だと思うんだけど、人の女はあんまり見たことがないからわかんねぇ。  でも、人の女だろうとミチカの悪口を言う奴は許せない。そう思って必死に睨んでいたら、紫色をグリグリ塗った目がオレを見下ろしてきた。 「こういう目にあうのは、すべてあれのせいだよ。子どものくせにあれの恋人になんてなるからだ。恨むならあれを恨むことだね」  さっきから言っている「あれ」って、ミチカのことだよな……。くそっ、ミチカのこと、あれとか言うんじゃねぇ……。ミチカは、オレの大事なつがいなんだぞ……。  ミチカに好きって言われて、オレだってミチカが好きで、だからつがいになったんだ……。こういうのを“そうしそうあい”って言うんだって、大兄ちゃんのつがいに聞いたんだ……。そのくらい、オレとミチカはいいつがいなんだぞ……。 「ぅ……」  なんだろ、体が全然動かない……。  それに、さっきから変なリンゴの匂いがする……。これ、ぜってぇまずいリンゴだ……。オレの好きな、ミチカのリンゴじゃ、ない……。 「ミ……」  ミチカって呼んだつもり……だけど、……なんでだろ……、声が、……ちゃんと……、出ない、や……。

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